目次
『居るのはつらいよ』─その他
この他の分野。まず、人文書は今年も医学書院「シリーズ ケアをひらく」からヒット作が出ました。東畑開人『居るのはつらいよ─ケアとセラピーについての覚書』(2月刊、6月23日読了)です。ケアとセラピーの違いという話から始まり、人が「居られる」ということはどういうことなのか、それがどれくらい難しいのかを、若き臨床心理士の奮闘劇をベースに明らかにしていきます。精神医療の現場が抱える課題、そして人がただ「居る」ことを難しくさせる「会計の声」への言及など、内容は盛りだくさんでした。2017年刊の國分功一郎『中動態の世界─意志と責任の考古学』(医学書院、2017年読了)との共通性もみられ、生きづらさと社会の有り様を考える本は今年も求められているし、私も思わず手に取ってしまいました。
精神医療といえば、村井俊哉『統合失調症』(岩波新書、10月刊、11月7日読了)は統合失調症の医学的理解のための入門書です。発症の原因としては、養育環境や社会、地域性などの環境因はあまりみられないことは意外でした。ただ、確かに社会が引き起こす病気ではありませんが、しかし発症してしまってからは治療に家族や社会の支えがあるかどうかによって回復の度合いが変わってしまうという厄介な病でもあります。また患者の他害リスクは高くはなく、むしろ被害のリスクのほうが大きいことも強調されています。措置入院の意味はむしろ自殺や不慮の交通事故、食事を取らないことによる行き倒れを防ぐ意味が大きいということです。統合失調症になりやすい若い世代の読者を想定した平易な文体がありがたいです。
大澤真幸『社会学史』(講談社現代新書、3月刊、5月11日読了)は講談社現代新書がたまに出す「立つ新書」。640ページという大部です。ここで解説を書けるほど内容を理解、記憶しているわけではないのですが、通常、社会学者としてはあまり分類されることのないマルクスやフロイトなどにも紙幅が割かれているのが特徴です。
日韓対立がさらにエスカレートした今年、大沼保昭著、聞き手江川紹子『「歴史認識」とは何か─対立の構図を超えて』(中公新書、2015年刊、9月24日読了)が再び各紙に取り上げられ、話題になりました。アジア女性基金の理事を経験し、昨年亡くなった大沼による「歴史認識問題」の整理です。当事者の救済、そして「聖人」ではなく「俗人」が納得できる解決の志向というスタンスが印象的でした。
江川紹子の仕事としては『「カルト」はすぐ隣に─オウムに引き寄せられた若者たち』(岩波ジュニア新書、6月刊、10月8日読了)にも触れておきたいところです。今年一斉に死刑囚の刑が執行されたオウム真理教の一連の犯罪についてあらためておさらいした本です。岩波ジュニア新書ですから中高生向けに書かれており、カルトとは何か、オウムが生まれた時代の背景などにも触れられた丁寧な構成です。感じた違和感にこだわって自分の頭で考えることの大切さを説いています。
以上、今年読んだ本の中から印象的なものをまとめました。来年は就職。可処分時間はもちろん、大学図書館を訪ねる回数も減らさざるを得ませんし、読書環境が大きく変わります。今年と同じようなペースとはいかないでしょうが、それでも来年も読書を続けることができればいいなと思っています。
この記事で取り上げた本
紹介順。特記なき限り2019年刊。
政治
- 善教将大『維新支持の分析』有斐閣(2018年)
- 田辺俊介編著『日本人は右傾化したのか─データ分析で実像を読み解く』勁草書房
- 遠藤晶久、ウィリー・ジョウ『イデオロギーと日本政治─世代で異なる「保守」と「革新」』新泉社
- 三春充希『武器としての世論調査』ちくま新書
- 原武史『平成の終焉─退位と天皇・皇后』岩波新書
- 原武史『レッドアローとスターハウス─もうひとつの戦後思想史【増補新版】』新潮選書
- 原武史『「松本清張」で読む昭和史』NHK出版新書
- 佐藤信『日本婚活思想史序説─戦後日本の「幸せになりたい」』東洋経済新報社
- 前田健太郎『女性のいない民主主義』岩波新書
- 前田健太郎『市民を雇わない国家』東京大学出版会(2014年)
- 曽我謙悟『日本の地方政府─1700自治体の実態と課題』中公新書
- 辻陽『日本の地方議会─都市のジレンマ、消滅危機の町村』中公新書
経済
- 白川正明『中央銀行─セントラルバンカーの経験した39年』東洋経済新報社(2018年)
- ローレンス・サマーズ、ベン・バーナンキ、ポール・クルーグマン、アルヴィン・ハンセン著、山形浩生訳『景気の回復が感じられないのはなぜか─長期停滞論争』世界思想社
- ウィリアム・ノードハウス著、磯崎香里訳『気候カジノ─経済学から見た地球温暖化問題の最適解』日経BP社(2015年)
- 西野智彦『平成金融史─バブル崩壊からアベノミクスまで』中公新書
マスコミ
- 北出真紀恵『「声」とメディアの社会学─ラジオにおける女性アナウンサーの「声」をめぐって』晃洋書房
- 安田純平、危険地報道を考えるジャーナリストの会『自己検証・危険地報道』集英社新書
- 澤康臣『英国式事件報道─なぜ実名にこだわるのか』文藝春秋(2010年)
- 永江朗『私は本屋が好きでした─あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏』太郎次郎社エディタス
- 広田すみれ『5人目の旅人たち─「水曜どうでしょう」と藩士コミュニティの研究』慶應義塾大学出版会
その他
- 東畑開人『居るのはつらいよ─ケアとセラピーについての覚書』医学書院
- 國分功一郎『中動態の世界─意志と責任の考古学』医学書院(2017年)
- 村井俊哉『統合失調症』岩波新書
- 大澤真幸『社会学史』講談社現代新書
- 大沼保昭著、聞き手江川紹子『「歴史認識」とは何か─対立の構図を超えて』中公新書(2015年)
- 江川紹子『「カルト」はすぐ隣に─オウムに引き寄せられた若者たち』岩波ジュニア新書