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他=『大学は何処へ』『あの夏の正解』など
その他、印象に残った本を駆け足的にご紹介します。
吉見俊哉『大学は何処へ 未来の設計』(岩波新書、4月発売)は、弱体化している日本の大学が、どのように今の厳しい環境を打開していくべきかを探ります。著者はそもそも大学が最も重視すべき資源は時間であると指摘し、大学が定員規模やポスト、予算の獲得競争に明け暮れ、時間を重視してこなかったことを批判しつつ、学内組織のあり方、学期をめぐる議論、高大接続など、現実の諸課題について時間のマネジメントという視座から処方箋を提示しています。
木下浩一『テレビから学んだ時代 商業教育局のクイズ・洋画・ニュースショー』(世界思想社、10月発売)は、かつて「教育局」や「準教育局」として開局したテレビ朝日、毎日放送テレビ、読売テレビが、具体的にどのような教育番組を作り放送したのかを、さまざまな資料から掘り起こした研究です。行政による放送規制の枠組みや、ネットワークにおけるキー局・系列局との関係といったメタ的な側面によって、同じ(準)教育局であっても三者三様の番組展開が見えてきます。
早見和真『あの夏の正解』(新潮社、3月発売)は、コロナ禍の2020年、夏の甲子園中止という事態に直面した高校球児たちを追ったノンフィクション。書き手が元高校球児の作家ということもあり、彼らへの応援の姿勢が前面に出ていますが、高校野球に縁のなかった私にとってはむしろ球児社会の残酷な現実にインパクトを受けました。
星稜高校では「メンバー」と「メンバー外」という序列がはっきり分かれていて、「メンバー外」はどうあがいても甲子園出場の可能性はありません。甲子園中止より序列が意味を持たなくなり撹乱された時期を経験した部員たちが、自ら再びその序列を復活させていく過程に、青春のヒリヒリした側面を感じました。
文学では高瀬隼子『水たまりで息をする』(集英社、7月発売)が印象的です。夫が突然、風呂に入ることができなくなるという事態に直面した妻の戸惑いと葛藤の物語。狂気の夫と正気の妻というような分かりやすさに逃げず、〈正気の中にある狂気〉の象徴としての義母との対比も素晴らしい。『犬のかたちをしているもの』(集英社、2020年2月発売)でも思いましたが、著者は女性が持つ不快の感情を描くのがとてもうまいと思います。読んでいると、分かりやすく怒りや悲しみにぶつけられない、砂をガリガリ歯ですり潰すような不愉快さが立ち現れてきます。
以上、2021年の「読書この一年」でした。
文中で触れた本一覧(紹介順)
出版社のあとの時期は発売時期、読了日の順。年表記のないものは2021年。
- 濱口桂一郎『ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機』岩波新書、9月(9月23日)
- 木下武男『労働組合とは何か』岩波新書、3月(3月31日)
- 川上淳之『「副業」の研究 多様性がもたらす影響と可能性』慶応義塾大学出版会、3月(10月30日)
- 小林悠太『分散化時代の政策調整 内閣府構想の展開と転回』大阪大学出版会、11月(12月21日)
- 青木栄一『文部科学省 揺らぐ日本の教育と学術』中公新書、3月(4月6日)
- 善教将大『大阪の選択 なぜ都構想は再び否決されたのか』有斐閣、11月(11月14日)
- 小島庸平『サラ金の歴史 消費者金融と日本社会』中公新書、2月(3月3日)
- 横山和輝『日本金融百年史』ちくま新書、8月(10月6日)
- 堤林剣、堤林恵『「オピニオン」の政治思想史』岩波新書、4月(5月17日)
- 武井彩佳『歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで』中公新書、10月(12月11日)
- 信田さよ子『家族と国家は共謀する サバイバルからレジスタンスへ』角川新書、3月(3月12日)
- 國分功一郎、熊谷晋一郎『〈責任〉の生成 中動態と当事者研究』新曜社、2020年11月(3月6日)
- 吉見俊哉『大学は何処へ 未来の設計』岩波新書、4月(5月24日)
- 木下浩一『テレビから学んだ時代 商業教育局のクイズ・洋画・ニュースショー』世界思想社、10月(11月14日)
- 早見和真『あの夏の正解』新潮社、3月(3月27日)
- 高瀬隼子『水たまりで息をする』集英社、7月(11月16日)
- 高瀬隼子『犬のかたちをしているもの』集英社、2020年2月(2月11日)