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渡辺努著『物価とは何か』(講談社選書メチエ、1月発売、5月3日読了)は、簡単に言えば「インフレが起こるのはみんながインフレが起こると思うからだ」ということを、基本的なところからわかりやすく解説した、これ以上ない一般向けの教科書と言えるでしょう。同じく渡辺努著『世界インフレの謎』(講談社現代新書、10月発売、12月15日読了)は今年の物価高が、ロシアのウクライナ侵攻によるものではなく、コロナ禍による行動変容によるものであるとの見立てを示します。
著者は特に『世界インフレの謎』で「賃金が上がらないかわりに物価も上がらない」という停滞状況から、「賃金も上がるし物価も上がる」経済への転換を説き、著者は政府による旗振りを唱えます。ただ、そのためには私たち一人ひとりが、賃金を決めること、政府に関与していくことといった社会参加への主体性を持つ必要があるのではないかと思います。これは本書の主張を超えますが、市井の経済財政論議が、MMTやリフレ論といった主体なき議論から、どのように社会を形成していくかといった方向に向いていってほしいものだと思いを新たにしました。
ケイトリン・ローゼンタール著、川添節子訳『奴隷会計 支配とマネジメント』(みすず書房、8月発売、12月18日読了)は、のちにテイラーの科学的管理法や近代的マネジメントなどと呼ばれることになる、先進的な経営手法が、18世紀の黒人奴隷管理においてすでに使われていたことを指摘した研究です。
奴隷を時価評価し、減価償却までしていたという事実にはあまりの衝撃を受けました。数々の帳簿からは、奴隷を、利益を生み出す資本として捉える眼差しが見え、現在の「人的資本の開示」と共通するものを感じました。
ブランコ・ミラノヴィッチ著、西川美樹訳『資本主義だけ残った 世界を制するシステムの未来』(みすず書房、2021年発売、2月19日読了)は、現在の世界を、アメリカを代表とする「リベラル能力資本主義」と、中国を代表とする「政治的資本主義」との競演として見立てます。ユニークなのは、資本主義の矛盾が社会主義をもたらすというマルクス的史観とは異なり、中国のような新興国が資本主義的な経済発展を実現するために社会主義革命を必要としたという史観を示すところです。
リベラル能力資本主義と政治的資本主義は、かつての資本主義VS社会主義のようにそれぞれ閉じられているわけではなく、グローバルチェーンによって有機的に結び付いていると本書は指摘しますが、この点はコロナ禍を受けてだいぶ状況が変わってきつつあるようにも感じます。
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