フジ「プライム」のスタジオセット考

2018年5月2日

 フジテレビの今春改編の目玉は、昼、夕方、夜、日曜朝の報道番組(とウェブニュース)を「プライム」のタイトルで統一することだった*1。タイトルだけでなく、スタジオセット、テーマ曲、画面上の演出にいたるまで共通化され、少なくともテレビファンにはインパクトがあったのではないかと思う。

 中でもインパクトがあったのは、そのスタジオセットの斬新さである。ここ最近の日本のニュース番組としては極めて抽象度の高い部類に入るセットは、導入当初こそ「病院の待合室」とか「銀行の窓口」だとやゆされたし僕もそう思ったけれど、1カ月もたつと慣れてきてむしろその機能美に見とれるようにもなった。

 スタジオ内には化粧板のような木目が入った多数の巨大な直方体が置かれており、上手に一直線状の横に長いディスプレイが延び、下手にも人の背丈より少し大きいくらいの正方形に近いディスプレイが立っている。時間帯によって微妙に直方体の位置は変えられ、メインに使われる場所も異なる。例えばメインキャスター陣の位置は、昼の「デイズ」なら正方形ディスプレイの前、夕方の「イブニング」は直線ディスプレイの垂線に沿って3人が並び、夜の「アルファ」は逆に平行に2人が座る。

 基本的にキャスター席にある直方体は机として使われるが、「アルファ」スポーツコーナーの場合は、手前にL字形に配置された直方体自体が座席になっている。

 多数の直方体と二つのディスプレイ以外にセットはなく、背景は白色のホリゾントになっており、夜のアルファは照明の当て方を変えてシックな暖色としている。

カメラの遠さ

 新セットになってから特に顕著なのは、スタジオシーンでのキャスターに対するカメラの位置が遠ざかっていることだ。俯瞰的な構図は増えたし、アルファの冒頭あいさつのアングルのように、ワンショットなのにわざわざ遠くから撮っているような画になっていることも多い。

 元々近年、キャスターはカメラから遠ざかっていた。ただその理由は極めて俗っぽい理由だった。つまり巨大ディスプレイや大型パネルを使った解説をする演出上、それらを写すためにどうしてもキャスターが小さく写るという、ただそれだけの理由である。

 一方プライムシリーズの距離のとり方は違う。あくまでも写っているのはスタジオセットとキャスターだけということが多く、情報性の意味での「余白」を含めたアングルになっている。スタジオを広々と使える利点を生かした贅沢な画だ。さらにキャスターテーブルの直方体が透過していない分、必然的にキャスターの前に距離が生まれる。そして直方体は後ろにも連なる。奥行き感の演出もできているわけだ。

セットの抽象性がもたらす緩急

 具象化された物が何一つ置かれていないこのスタジオセットは、少し直方体の位置をずらしたり、カメラのアングルを変えるだけで驚くほど画の持つイメージが変わる。

 例えば「デイズ」はオープニング、キャスターテーブルに正対するようなアングルで撮られた画では、正方形ディスプレイがそびえるように立ち、その手前にキャスターがあり、さらにその手前にテーブルがあるという構図。こちらは焦点がディスプレイにあり、その映像自体が主役となるが、他の画面上の要素は極めて落ち着いて抑制的な構図になっている。

 一方「プライムフォーカス」のコーナーになると、梅津弥英子アナウンサーに斜めの角度からまさしくフォーカスされ、ディスプレイは後景に引く。すると梅津アナの動きがよりくっきり見えるようになり、ライブ感が増す。ここで視聴者の緊張感、集中力を誘っておいた上で、記者解説につなげるという演出はさすがである。

 「アルファ」の場合、遠景でも後ろのディスプレイは直線型であり、それ自身が主体になることはスポーツコーナーを除いてあまりない。夜にとにかく疲れず視聴できることを主眼においた画面構成だと言える。

 こうした、角度と距離感による演出が、ストレートに効果を生み出すというのは抽象的なセットゆえに生み出されるものだろう。後ろに具象的なセットがあれば、構図の違いによるメリハリが効きにくくなるからだ。

 かといってシンプルなセットで構図の切り替えに頼り切り、切り替えを激しくしてしまうと、しっちゃかめっちゃかになって全体的な調和がとれなくなる。アングルの選択肢はかなり限られてくるだろうし、それは「飽き」をもたらす可能性もある。

言葉で勝負を

 抽象的なスタジオセットで思い出すのは、NHK「クローズアップ現代」である。末期のセットは極めてシンプルで、長方形の光るパネルが壁に敷き詰められ、正面と左右側面のディスプレイ、白色パネル、各壁面の中央に延びる横一直線の赤いパネル、スタジオ中央の奥から手前に延びるテーブル、というただそれだけのセットだ。

 これをデザインした岡部務は次のように話している。

『ニュースステーション』はまさに情景のデザインです。情景をつくることによってニュースの信頼性をつくったのです。私が今,『クローズアップ現代』でやっているのは情報のデザイン,完全に情報装置です。だから,あのセットは全く空っぽなのです。そこには何もない。グラフィックデザイン,バーチャルセットなど,情報そのものが中心です。それと,国谷(裕子)さんというキャスターが重要なのです。言葉が適切ではないかもしれませんが,国谷さんそのものが情報装置ということです。そういう番組なので,セットはあのような形のものになっているのです。*2

 プライムニュースのセットも、あのセット自体は「空っぽ」である。そして大事なのは情報そのものなのも間違いない。

 テレビニュースは映像メディアである、と言うときの「映像」とは、現場で写された映像のことを指すのが普通だ。だが、ではスタジオとは何なのか、という疑問に行き着く。スタジオは「映像」ではないのか、と。

 スタジオが「映像」としてニュース足り得るためには、スタジオの中での言葉や表情それ自体が情報として価値を持つように画面を設計しなければならない。そういう発想が、プライムニュースのセットにもあるのではないかと思う。

 あとは「言葉」が付いて来るのを待つだけだが、フジテレビのアナウンサーにその力があるかと言われると素直に首を縦に振れないのが、この局の難しいところだ。だからこそ登坂淳一をキャスターとして招こうとした*3し、セクハラ問題で言葉の説得力を失った彼は降板させられたのだろう。

 別に堅苦しくやる必要はないが、スタジオセットの構想の緻密さに、キャスターが負けてはいないだろうかと思うし、今負けていてもこれから力を付ければいいがその忍耐が局にできるのかということが問われているのだろうと思う。

*1:宣伝によればBSフジの「プライムニュース」も一応統一構想の枠内にあるが、こちらは未だ独自意匠でやっているので実態から見るなら含めるべきではないだろう。

*2:NHK放送文化研究所「放送研究と調査」2010年7月号「抽象化・バーチャル化するニュースのスタジオセット~文研ワークショップ「テレビ美術研究:ブーメランテーブルは何を語る?」から~」より引用。
ci.nii.ac.jp

*3:確かに彼のアナウンスメント能力は高いし、アナウンスメント能力が「言葉」の質を高くする面はある。ただ、アナウンスメント能力だけではどうしても天井が来てしまう。それを克服するだけの力が彼にあったかどうかは疑問でもある。