青木栄一著『文部科学省』

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 文部科学省のイメージは場面によって大きく変わる。私も少し前までは大学生だったが、大学から見た文科省というのは、とにかく金は出さないくせに運営方法については微に入り細に入り命令をしてくる存在だったろう。

 しかし政治の場面でみれば、文科省という役所それ自体が表立って活躍している様は見えない。むしろ財務省からは予算削減を要求され、右派政治家からは教科書や大学の研究補助をめぐって注文が付き、それらに唯々諾々と従うように見える。だから大学関係者も「本当の敵は財務省だ」みたいな物言いをする向きもある。強権的な振る舞いと、「三流官庁」的な弱さ、その両方をイメージに持つ不思議な省庁と言える。

 著者はそうした両面性を「間接統治」と表現する。官邸や他省庁による介入を許しながら、大学や教育委員会へは強く臨む。本書はそうした間接統治に至る背景を探っていく本である。

 省庁再編で文部省と科学技術庁が統合して生まれた文科省は、組織(第1章)や人事(第2章)のスタイルに関して、旧文部省系と旧科技庁系ですみ分けがなされている。「制度管理型」の側面が強く、各部局の独立性が高い旧文部省に対し、旧科技庁は旧総理府の外局だったこともあり「企画」や「政策」を冠する調整型の部局が多い。人事面でも旧文部省系は教委など地方との人材交流が中心になる一方、旧科技庁系は民間との交流も多い。

 統合に際して領域が重なる高等教育などの分野では、結果的に旧科技庁系の調整型が進出する余地が広がる。つまり高等教育機関を単に学術と位置づけるのではなく、科学技術の「孵卵器」と位置づけることで、産業政策、イノベーション政策に内包される科学技術政策像を生む素地があったのだ。

 教育予算の削減には政治力の弱さが響く(第3章)。小泉政権の三位一体の改革で国と地方の財政負担のあり方を見直す動きの中で、やり玉に挙がったのが義務教育にかかわる費用(教員の人件費、公立学校設置費用など)を国庫で負担する仕組みだった。地域にかかわらず平等に教育機会を保障するための制度だ。

 この制度を背景に、教職員組合やPTA、教育委員会関係団体といった「応援団」を得て旧文部省は政治力を確保してきた。逆にそれ以外のたとえば、財界や他の政治組織からの支持調達をわざわざしてこなかったとも言える。三位一体の改革の時期は、教職員組合の組織率低下など、教育関係の利益団体の力が弱まり、ゆとり教育バッシングも巻き起こり、向かい風が強かった。しかしこの時ばかりは地方首長への呼び掛けなど、異分野との連携しながら抵抗を図り、制度自体の地方税化への移行は防いだものの、国庫負担率の引き下げを許す形となった。

 国立大学の運営費交付金に関しても、「応援団」の不在が削減のエスカレートを止められない事態を生んでる。国立大学協会のみを相手にしていれば普段の業務は回るし、法人化前の「出先機関」だった時代を引きずって大学側からの接触を待つ受動的姿勢を残す。他分野と政治連合を形成して教育研究関連の予算を獲得する動きも起こさない。

 「間接統治」の流れを強める契機となったのが高校無償化政策だった。それまで深く関与してこなかった高校教育について、政治主導で新たな予算が生まれたことで、大学への接し方にも「高大接続」、つまり受験制度改革という視点が生まれ、文科省も関与を強めていく。とはいえそれも元は政治に翻弄された結果であり、文科省が自ら取りに行った果実ではない。

 義務教育と大学の現場は財政的に厳しくなればなるほど所管官庁たる文科省への依存を強める。一方、高校無償化によって初等教育から高等教育まで一本の筋が通り、受験産業という焦点を通じて企業や政治が文科省に関与するチャンスは増大。「間接統治」の強化につながっている。

 教育分野内の持ちつ持たれつの内向き志向と、その裏返しとしての異分野間の政治連合形成力の弱さ。こうした特徴を持つ文科省に対し、著者は政治から逃げるなと主張する。予算・人員の獲得にもっと前のめりになり、ロビイングをすすめる。そのためにはシンクタンク機能を強化する。もっと自律的・能動的な官庁へ脱皮することを説くのだ。

 「役所」「官僚」といっても一つのイメージで語ることができないのは当然だが、政治主導・官邸集権体制が強まったことによってその違いはより明確に浮き彫りになっている。どちらかといえば安倍一強体制以降、経産省や官邸への注目が高かった。しかし、混乱を起こすのでは出しゃばる側だけではない。「逃げ」という不作為が何をもたらすのかは、現在のコロナ禍で私たちがいま見ている風景でもある。競争に立ち遅れている側の省庁に着目することで見えてくるものがあるということを教えてくれる本である。

(中公新書、2021年)=2021年4月6日読了

文部科学省は2001年に文部省と科学技術庁が統合されて発足した。教育、学術、科学技術を中心に幅広い分野を担当する。本書は、霞ヶ関最小の人員、「三流官庁」と揶揄さ…
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