朝日新聞デジタルの見出し付けは、紙面での作法と異なるのか─リード文との一致度を比較

2019年2月11日

 新聞記事は普通、冒頭段落(リード文)に記事の核心部分を記述し、見出しはさらにそのエッセンスを要約したものになっています。伝統的な手法で編集された記事では、見出しの内容は本文冒頭に登場し、見出しや本文始めを読めば、そのニュースの内容を理解できるようになっています。

 一方でインターネットでの閲読率を高めるために、紙面作りの作法とは異なるような見出しの付け方が行われることもあり、最近「朝日新聞デジタル」でそうしたケースを目にする機会が増えたような気がしていました。見出しの内容が、本文始めには登場せず、有料会員だけが読める後ろの部分でやっと登場するということが多々あるのです。

 そこで朝日新聞デジタルではどの程度「非紙面的」な手法で付けられた見出しが登場しているのか、リード文との一致度を調べてみました。


新聞記事は「逆三角形型」

 新聞記事はニュースの核心的な内容を先に書き、詳細な内容や背景に関する記述は後回しにする原則で書かれています。時系列的な書き方に対して「逆三角形型」と呼ばれます。見出しは「簡潔な記事の極致」。リード文(冒頭段落)を読めばニュースのあらましが理解でき、さらに詳しい内容を知りたい人はそのまま読み進めればよいという仕様です。逆に言えばリード文には見出しの内容が盛り込まれているべきだとされています。(一般社団法人共同通信『記者ハンドブック 第13版 新聞用字用語集』8ページ)

 例外もあります。コラムや文化面などでの特集記事など、読み物としての側面が強い記事では「逆三角形型」では書かれません。

 また事故や火災の記事でも、初報やそれに近い段階では、発生した時間・場所・当事者など最初から確定している事柄と、原因や出火場所などその後の調べで変わる流動的要素を書き分けるため、原因にニュースバリューがあっても冒頭段落から外れることがあります(朝日新聞1988年10月16日付千葉版「事件記事を考える 『書く側』改革へ小さな試み(ちばリポート)」=記事データベース「聞蔵」で閲覧=を参考にしました)。


紙面とデジタル向けで見出しの印象が様変わり

 朝日新聞デジタルでは同一内容の記事を、紙面とは別にデジタル版向けに編集し直して掲載することがあります。この時、紙面的な作法とは異なる見出しの付け方がなされる場合があります。

 例えば2月10日付朝刊掲載の「(変わる大学入試2020)英語民間試験、活用法手探り 開始まで1年余り」は、前日の9日夜にデジタル有料会員向けの記事「富裕層や都市部が有利?英語民間試験『これでいいのか』」としても配信されています。デジタル記事のほうが、少し分量が多くなっていますがほぼ同一内容です。両者で一致しているリード文を抜き出します。

 大学入学共通テストに導入される英語民間試験の受験が始まるまで、あと1年余り。民間試験をめぐる問題が指摘されるなか、大学側は受験生への影響を抑えようと、手探りで活用方法を決めている。一方、高校側は、試験の実態が見えないまま準備を求められ、不安が広がる。

 紙面記事の見出しの内容は入っていますが、デジタル記事にある「富裕層や都心部が有利?」「『これでいいのか』」の内容は含まれていません。デジタル向けのエディションでは、紙面づくりの手法とは異なる見出しが付けられています。

 具体的な受験機会格差の記述や、長野県立高校の教員の「これでいいのか」というコメントは、有料会員だけが読める部分になっており、デジタル特有の事情を踏まえた見出し編集になっていると言えます。


一日の記事を全部点検した

 見出しの内容について、本文冒頭を読んだだけでは確認できないデジタル的編集はどの程度行われているのか、実際に調べてみました。

 2月7日(木)の「ニュース記事一覧」に掲載のデジタル向け記事と、7日のニュースが掲載される7日(木)付夕刊8日(金)付朝刊の東京本社紙面掲載記事を比較します。見出しの内容すべてが本文最初の段落に含まれているかどうかを判定します(紙面記事見出しの丸かっこで囲まれた部分は、連載や特集のタイトルなので無視)。リード文は時に2、3段落にわたることもありますが、ここでは簡略化のため最初の1段落のみを対象としました。

 その結果が次のとおりです。

 紙面記事が6:4なのに対し、デジタル記事は半々で、「非紙面的」な見出しがついた記事の割合が紙面記事に比べて多いことが分かりました。極端な傾向とは言えませんが、デジタル媒体の特性を意識した編集がうかがえる結果と言えます。

 「非紙面的」な見出しであっても、あくまで見出しの内容が本文と一致しないわけではなく記事の後ろの方にちゃんと登場するので、スポーツ紙の芸能記事に見受けられるようなミスリード見出しと同一視はできません。

 ただツイッターなどのSNS上では時に、見出ししか読まないで感想や意見を述べた投稿も見られます。

 新聞の伝統的フォーマットは「記事はなかなか読んでくれない」という、逆説的な考え方の下、見出しだけで内容がつかめたり、リード文だけであらましを理解できたりするような編集の工夫を続けてきました。

 こうした編集はデジタル化で情報のはん濫が進んだ現代において、さらに有効なのではないかと思います。一方で有料記事に誘導するためには、こうした伝統的編集ではなく、若干あおるような性質を持った編集手法を使わざるを得ないのかもしれません。

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