珍しい未成年容疑者の実名報道

2018年4月12日

 11日夜、滋賀県彦根市の交番で41歳の男性巡査部長が死亡し、同県警は巡査部長を拳銃で撃ち逃走したとして、共に勤務し、事件後一時行方不明に鳴っていた19歳の男性巡査の身柄を確保しました。未成年の容疑者については通常、実名や顔写真は報道されませんが、今回は実名報道に踏み切った社がありましたので、参考までに記録しておきます。

【おことわり】
 本来は引用部分が検証できるよう、ウェブ魚拓をとってリンクを貼るべきですが、未成年容疑者の氏名を必要以上にさらすことになってしまうので自粛します。
  記事引用文中「●●」で示した部分には、巡査の実名が入ります。

放送

 NHKは12日未明の特設ニュースや、午前1時15分配信のウェブニュースで男性巡査の実名と写真を公開しました。その際、以下のように断っています。

NHKは少年事件について、立ち直りを重視する少年法の趣旨に沿って容疑者の名前を原則、匿名で報道しています。

今回の事件で滋賀県警察本部は19歳の巡査が拳銃を所持したまま逃走している可能性があり、市民に危険が及ぶおそれがあるとして、巡査の名前と写真を公表しました。

NHKは事件の重大性や市民の安全などを考慮して実名で報道しました。

 その後、午前1時48分、NHKは男性巡査の身柄が確保されたとテロップで速報。再び匿名報道に戻しました。

 JNN、NNN、ANN、FNNのニュースサイトでは実名による報道を確認することはできませんでした。

通信社

 通信社では時事が実名報道の上「県警は●●巡査の名前と写真を公開した」としましたが、自らの報道方針に関する説明はしていません。共同は匿名でした。

 時事は午前1時55分に記事を更新し、身柄確保を報じましたが「県警は、同僚の●●●●巡査(19)が拳銃で撃って逃走したとみて殺人容疑で行方を追っていたが、12日未明に身柄を確保した」と実名報道を維持しました。

新聞

 新聞社のニュースサイトでは身柄確保前の午前1時台に私が確認した状態では朝日、毎日、日経、産経は匿名報道。読売は匿名報道を維持しつつも「巡査は未成年だが、県警は事件の重大性を踏まえ、名前と顔写真を公表した」と県警が公表したこと自体を報じました。

 読売はその後、午前2時4分に記事を更新し「【おことわり】読売新聞は、巡査部長を撃ったとみられる19歳の巡査が逃走中のため実名で報道しましたが、身柄を確保されて他人を害する危険性がなくなったため匿名に切り替えます」としました。このため身柄確保前に私が閲覧した段階よりも、さらに前のタイミングでは読売も実名を出していたとみられます。

 ここからは実際の紙面でどうなったかを紹介します。各紙の紙面は、神戸市灘区の某大学図書館と、大阪府立中之島図書館の2カ所で確認しました。

朝日

 朝刊14版では1面の記事で「県警は所在がわからなくなっている同僚の●●●●巡査(19)が井本巡査部長を撃った疑いがあるとみて、殺人容疑で行方を追っている。(略)巡査が実弾入りの拳銃を持ったまま逃走している可能性があるとして、県警は住民に注意を呼びかけている。県警は、事案の重大性を鑑みて●●巡査の実名と顔写真を発表したとしている」とし、実名で報じました。社会面には顔写真も載せました。

 さらに記事の末尾におことわりを掲載。「おとこわり 所在が分からなくなっている巡査は未成年ですが、拳銃を持ったまま逃走している可能性があり、県警が住民に注意を呼びかけていることから、朝日新聞は実名で報道します」としました。

 普段なら14版が最終版ですが、この後追っ掛け版を製作したようで中之島図書館には「14版●」がありました。こちらは身柄確保の情報を反映し、匿名に戻しました。先ほど引用した部分は「県警は、所在が分からなくなっていた同僚の男性巡査(19)が井本巡査部長を撃った疑いがあるとみて殺人容疑で行方を追っていたが、12日午前1時35分ごろ同県愛荘町内で見つけ、身柄を確保した」に差し替わり、社会面の顔写真も消えています。当然ですが、おとこわりもありませんでした。

 夕刊4版で「おとこわり 所在が分からなくなっていた巡査は、拳銃を持ったまま逃走していた可能性があり、県警が住民に注意を呼びかけていたことから一部地域に届いた紙面で実名で報じました。身柄が確保され、未成年のため匿名に切り替えます」という文章を夕刊1面の本記末尾に掲載しています。

読売

 読売は朝刊13S、14版●とも匿名・写真掲載なしでしたが、夕刊4版●で「読売新聞は、犯罪の容疑がある未成年者について、少年の健全育成を目的とした少年法の理念を尊重し、原則、匿名で報道しています。今回の事件では、19歳の巡査が拳銃を持ったまま逃走している可能性があったため、一部地域で実名で報道し、顔写真も掲載しました。しかし、巡査が逮捕されて他人を害する危険性がなくなったため、匿名に切り替えます」とのおことわりがあったため、朝刊でも一部地域では実名報道していたようです。

毎日、産経、日経、神戸

 他の4紙は匿名、写真掲載なし、おことわりもなしでした。日経と神戸は共同電を使っています。確認した紙面は毎日が朝刊13版、14版●◇、夕刊3版◇、4版。産経が朝刊14版、15版、夕刊4版、5版。日経が朝刊14版(社会面が★14版)、夕刊3版、4版。神戸が朝刊15版、夕刊4版でした。

 毎日と産経は朝刊の早い方の版では行方を捜している途中、最終版で身柄確保を伝えました。日経、神戸は身柄確保前です。

 毎日は夕刊3版◇で「県警は未成年の男性巡査の実名と写真を公開して捜査していたが、逮捕時は『身柄を確保し緊急性がなくなった』と匿名で発表した」としました。

各紙比較

 神戸の大学図書館で確認した紙面ではいずれも身柄確保前の情報が掲載されていましたが、対応が分かれました。本記の内容を比較した内容を表にまとめました。

新聞実名報道拳銃関連実弾関連県警の捜査状況県警の情報公開
朝日実名・顔写真「実弾入りの拳銃を持ったまま逃走している可能性」(同左)「殺人容疑で行方を追っている」「事案の重大性を鑑みて●●巡査の実名と顔写真を発表したとしている」
毎日匿名「男性巡査の拳銃は見つかっていない」(記述なし)「殺人の疑いで行方を追っている」(記述なし)
読売匿名「県警は巡査が井本巡査部長を撃った後、拳銃を持ったまま逃げているとみて」「県警は井本巡査部長の傷の状況などから巡査が少なくとも2発発砲したとみている。拳銃に銃弾は残っているとみられるという」「殺人容疑で行方を追っている」(記述なし)
日経匿名「不明の巡査は拳銃を所持したまま逃げたとみられ」「最大で3発の銃弾が残っている可能性」「行方を追うとともに、殺人容疑で逮捕状を請求する方針を固めた」(記述なし)
産経匿名「巡査は拳銃を持ったまま行方不明になっている恐れ」「井本巡査部長の拳銃は交番にあり、弾もすべて残っていたという」「巡査に対する殺人容疑での逮捕状請求の手続きに入った」(記述なし)

(神戸は同じく共同電を使っている日経とほぼ同内容のため省略)

【追記2018.4.13 21:00】朝日が各社の判断を報道

 朝日新聞が各社の実名・匿名判断対応について、12日の朝日新聞デジタルと13日付の大阪本社発行朝刊社会面で報じました。

https://digital.asahi.com/articles/ASL4D61QRL4DPTIL018.html?iref=pc_ss_date

 それによると、滋賀県警は11日午後11時すぎに口頭で実名を、12日午前0時半ごろに顔写真を報道各社に提供し、直後の広報文でも改めて実名を発表したということです。午前1時55分ごろに身柄を確保した際の県警広報文では匿名となり、口頭で実名報道を控えるよう求めました。

 朝日、読売、NHKが身柄確保まで実名・顔写真を報道し、確保後に匿名に切り替え。毎日、産経、日経は顔写真なし・匿名報道にしたということで、毎日は「総合的に判断した」としています。おおむね私の調査と同じ結果となりました。

【追記2018.5.2 13:13】朝日が各社の判断を報道

 毎日新聞や京都新聞も、各社の報道判断について記事で紹介しています。リンクを掲載しておきます。

https://mainichi.jp/articles/20180420/ddm/004/040/013000c http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20180430000082

【編注】
 本記事の初稿は各社のニュースサイトを筆者が閲覧した情報を基に、4月12日午前2時18分に公開しました。その後、各紙の朝刊、夕刊の内容を確認の上、全面的に内容を差し替えて同日午後10時9分に公開したものです。