平成の天皇は、平易な言葉で「国民統合」を実践した

 憲政史上初の退位による天皇代替わりに伴い、新たに「上皇」「上皇后」の地位が作られた。皇室典範特例法に基づく敬称は「陛下」だが、新聞、テレビはほぼ一様に「さま」を付けている。天皇のみに「陛下」を用いて、皇族には「さま」を付ける報道用語の原則にならった格好だ(「天皇皇后両陛下」は例外)。

 天皇が神格化された時代に、メディアも天皇の体を「玉体」、顔を「聖顔」と呼ぶなど、過剰で特殊かつ難解な敬意表現を使って神格化を助けた。その反省の下に戦後の1947年、皇室報道は普通の言葉の範囲内で最上級の敬語を使うと、報道関係と宮内当局の間で取り決められた。「さま」を使うのもこうした議論の末の結果なのだろう。

 そして1952年、文部省国語審議会(現・文化庁文化審議会国語分科会)は「これからの敬語」と題する建議を発表。この中で、一般に敬語を、上下関係ではなく、各々の基本的人格を尊重する相互尊敬の上に立つものと位置づけた。不当に高い尊敬語や、不当に低い謙遜語は「奉仕の精神を取り違え」たものであり「はなはだいましむべき」だとも断じた。

 民主主義と天皇制を並存させるぎりぎりのラインで、天皇や皇室への「敬愛」を軸とした国民統合は支持されてきた。平成の天皇は自らを「朕」ではなく「私」と言い、国民にも「みなさん」と呼び掛けた。難しい言葉をなるべく排し、平易な言葉を使って語り掛けることは、すなわち天皇と国民が同じ言葉を共有するという形での国民統合だった。

 新天皇が、即位後初めて国民の代表らに会う「即位後朝見の儀」で述べた「おことば」は、前半で先代への敬意、後半で抱負を述べるという構成で、前回、平成の天皇の時と同じだった。しかし使われた表現は、「大行天皇の御遺徳に深く思いをいたし」が「上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し」に変わったように、より平易になっている。

 むしろ「おことば」の後に安倍首相が述べた「国民代表の辞」のほうが、「英邁(えいまい)なる天皇陛下」「令和の御代(みよ)」「皇室の弥栄(いやさか)」と、難解な言葉を連発していたのが、悪い意味で印象的だった。はっきり言えば「平成流」とは相容れない表現だと思う。

 もちろん、朝日新聞が「留意すべきは、陛下が語った象徴像が唯一の答えではないということだ」と指摘したように、「平成流」が批判なく受け入れられるべしとされるならば、国民の総意に基づく象徴天皇の試みは失敗に終わってしまう。また、平易な言葉だからといって内容も単純であるとは限らない。さまざまな政治的意味合いを、平易な言葉に含ませていることだって大いにあり得る。

 それでも「基本的人格を尊重する相互尊敬の上に立つ」言葉を、天皇と国民が共有できたという平成の実績は、誇りにしていいだろう。そして、思考停止の末に、皇室に限らずある対象への敬意を強制したり、強制されたりするのではなく、身の周りで互いを尊重しあうことを実践していくのが主権者としての望ましい姿勢だと、令和の始めに思う。

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