日産自動車の有価証券報告書で役員報酬を過少に記載したとして、金融商品取引法(金商法)違反容疑で2度逮捕されたカルロス・ゴーン同社前会長を、東京地検特捜部は21日、今度は特別背任容疑で逮捕しました。今月10日の再逮捕の際に地検が求めた勾留延長請求を裁判所が却下。3度目の逮捕はその翌日でした。
金商法違反での立件を「形式犯」だとする批判に加えて、長期勾留を問題視する国内外の世論も高まっていた中での今回の動きを巡り、特捜部の「本丸」は金商法違反なのか特別背任なのか、各所で推測が飛び交っています。今回は22日付朝刊の内容を基に、各紙の見立てを記録します。
背任立件は検察も不本意か ──朝日
伝統的に特捜事件に強いとされ、一連の事件に関して最初に特ダネを放った朝日新聞は、あくまでも本丸は金商法違反だとの姿勢です。
11月27日付の朝刊記事で朝日は、ゴーン氏が私的な投資の損失を日産に付け替えていた疑いがあり、これを特捜部も把握している模様だと報じています。その上で「特捜部は、ゴーン前会長による会社の「私物化」を示す悪質な行為とみている模様だ」としていました。
一方で12月13日付の連載「ゴーンショック」では、いわゆる形式犯批判に対し、検察幹部が本丸は特別背任だと言い切っている旨を伝えています。
証拠を握る検察幹部らの自信は揺るがない。「考え方が古い。役員報酬はガバナンス(企業統治)の核心。潮流に乗った新しい類型の犯罪だ」「背任ができなかったから有報の虚偽記載に逃げたわけではない。目の前にエベレスト(有報の虚偽記載)があるのに富士山(背任)に登るのか?という話だ」
特別背任容疑での逮捕を受けた22日付の「時時刻刻」でも、やはりこの立場に変わりはないようです。11月19日の最初の逮捕の時に、検察幹部が「事件として立つのはこれだけだ」と年内の捜査終結をにおわせたのに加え、前出の私的損失付け替え疑惑に関する報道の際には検察幹部らは「推定無罪の原則は忘れないように」と話し、立件には消極的な姿勢だったとしています。
特別背任容疑での立件はあくまでも、裁判所の勾留延長却下を受けた方針転換で、検察にとっても不本意な展開だというのが朝日の見方です。
当初から「私物化」立件狙う? ─読売・産経
一方で読売と産経は、当初から特捜部の狙いはゴーン氏による会社の「私物化」にあったと見ています。
読売は3面「スキャナー」で最初の逮捕時のある検察幹部のコメントとして次のように紹介しています。
「ゴーン被告にとって、日産は自分の『財布』のようなものだ。会社の私物化を象徴する事件をやらなければ意味がない」
今回の逮捕容疑の損失付け替えは海外子会社を介して行われたとされていますが、特捜部は、証拠隠滅を図られるおそれがあるため内偵段階では海外ルートの捜査は困難と判断。金商法違反で2度逮捕し約40日間の勾留期間を得て、この間に海外ルートの捜査を進め年明けに「私物化」を巡る3度目の逮捕を想定していたというのです。
それでもやはり勾留却下は検察も驚きや憤りをもって受け止め、何よりもゴーン氏の出国を防ごうと3度目の逮捕に踏み切ったとしています。
産経は「保釈目前 勝負の『本丸』立件」の見出しを立て、こちらもやはり当初から「実質犯」での立件を模索していたとの趣旨。3度目の逮捕を30日に予定していたとも書いています。
特捜部は日産の外国人執行役員と、特別背任について司法取引を行ったものの、検察上層部では立証ハードルの高さや海外での事件であることなどから大勢が慎重論に傾き、そこで特捜部は金商法違反容疑での立件とした。これが産経の見る経緯です。
最初の逮捕後も特捜部は「私物化」立件のための捜査を並行していたといい、また勾留延長は最悪でも27、27日まで認められるとの推測で、年明けに保釈が認められる前の30日の逮捕を目指していたといいます。今回の逮捕前倒しは、保釈されれば今も日産取締役、ルノー会長である立場を使って部下に証拠隠滅や口裏合わせを命じるおそれがあるとの危機感から行われたという検察関係者の見方を紹介しています。
特別背任本丸説に傾きつつもバランス図る ─毎日
毎日は、特別背任本丸説にやや傾いていますが、読売・産経ほどではないように見えます。
3面「クローズアップ」では、検察内部で当初、捜査方針を巡って意見が分かれていたと報じています。
先月の最初の逮捕前。検察内部では、捜査方針を巡って、日産が期待する「会社の私物化」にメスを入れるべきだとの意見と、「有価証券報告書の虚偽記載」から着手すべきだとの意見が存在した。
最終的に内部文書など「手堅い証拠」が存在する後者で決着した。
特捜部は「虚偽記載」を2回に分けて40日間捜査した後、「私物化」の立件を探ろうとしていたとみられる。
さらに元検事の高井康行弁護士の見方として、年明けの特別背任着手説を紹介しています。
一方、社会面記事では、確かに見出しや本文に、今回の逮捕を「本丸」と表現した部分もありますが、リードで「『本丸』とも見られていた特別背任による逮捕」としており、あくまでも世間の見立てとしての「本丸」ということでしょう。元特捜検事である山下法相の、形式犯批判に対する事実上の反論も紹介しています。
それでも今回の逮捕で検察幹部は「安堵」しているとし、「ここまでにたどり着くために慎重かつ必死に捜査してきた。日産が受けた被害は大きく、意義のある事件」と、あくまで特別背任容疑の立件が当初からの目的であったことを示唆しています。
「本丸」使わず ─日経
日経は22日付朝刊紙面で「本丸」の表現を使いませんでした。
3面の記事では「これまでの報酬過少記載事件とは構図が一変」「カリスマ経営者の『個人犯罪』の疑いが鮮明になった」と、今回の逮捕を、一連の事件の中でも重大な局面に位置付けました。当初容疑以外の捜査を並行して進めるシナリオを描いていたとしつつも、その選択肢は損失付け替え以外に、自宅の無償提供、姉へのコンサルタント料支払い、家族旅行の費用負担などさまざまにあったと指摘。あくまで「不正行為の中で特捜部が『堅い筋』と判断した」のが今回の逮捕容疑だったとしています。
日経は他の全国紙に比べて、長期勾留を疑問視する論調が全面に出ています。「検察の捜査もグローバル化と無縁ではない時代」とし、司法の国際的潮流との乖離を強調しました。
検察内部でも意見分かれたか ─共同
京都、神戸、大阪日日の各紙は共通の記事で、共同電を掲載しているとみられます。共同通信は、今回の逮捕に見いだす価値について検察内部でも意見が分かれている様を描いています。
総合面記事では、これまで2回の逮捕を「『形式犯』とされる」とし、2回目逮捕分を年末に起訴、身柄勾留のまま年明けに特別背任事件着手という特捜部のシナリオを想定。さまざまにある「公私混同」疑惑も特別背任の立証は困難で、立件可能性が見えたのが今回の損失付け替え疑惑だとし、ある検察幹部が20日夜の時点で「勾留延長が認められなかった場合のシミュレーションは考えてある」と自信ありげに語ったことも明かしています。
一方で別の幹部は、たまたまゴーン氏が海外にいたために時効が成立しなかった今回の逮捕容疑を「立件の価値があるのか」「これに手を出すのは邪道だ」と批判する別の検察幹部のコメントも紹介。内部で意見対立があることをうかがわせます。この記事で森本宏特捜部長の自らの信念に沿った粘り強い仕事ぶりに定評があるとの人柄を示した上で、社会面記事では「イケイケの特捜部に対し、検察内部で意見の衝突はあったはず」という特捜部OBの見立てにも触れています。
京都新聞は渡辺修・甲南大法科大学院教授(刑事訴訟法)、元東京地検特捜部長・宗像紀夫弁護士の、神戸新聞は加えて元検事・落合洋司弁護士の談話を載せていますが、いずれも特別背任や業務上横領が「本丸」であるとの見方で一貫しています。
紙面に関する記述はすべて最終版(全国紙は大阪本社発行分)を基にしています。