見た・聴いた・読んだ 2020.2.24-3.1

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今週のフロント

待鳥聡史著『民主主義にとって政党とは何か─対立軸なき時代を考える
書影は版元ドットコム

 政党システム論、政党組織論を押さえた内容なので、同じ著者の『代議制民主主義─「民意」と「政治家」を問い直す』(中公新書、2015年)と重なる部分も多いのですが、本書の面白いのは実際の日本の政党政治の歩みに適用して解釈を試みている部分です。

 例えば「国会は、国権の最高機関」という憲法条文について、憲法学では「政治的美称」で意味はないと解釈するのが通説になっています。しかし著者は、議院内閣制が「委任と責任のシステム」を単線化している仕組みである以上、この条文を積極的に評価しています。

 委任と責任のシステムとは、有権者が政治家に政治を委任し、政治家は官僚に行政の実務を委任する代わりに、官僚は政治家に、政治家は有権者にそれぞれ委任されたことを実際に行っているかどうか説明する責任を持つという代議制民主主義の仕組みを指します。大統領制では国民が大統領と議会双方を選び、また双方がそれぞれ官僚に対する指揮系統を持っているため、システムは複線的です。一方議院内閣制では衆院の多数派が内閣を組織することから、単線的なシステムになっています。

 旧憲法下の日本においては内閣、国会、軍部いずれも、責任の方向は天皇に向かっていました。各機関を事実上作った人である元老が力を持った時代はそれでもよかったのですが、元老らが引退し政党政治に基づいて国会の多数派が内閣を組織する状態になると困ります。内閣は国会に責任を持つわけではないし、また軍部大臣現役武官制の下では軍部を抑えられる者もいないからです。

 そうした歴史を踏まえると、現憲法の仕組みは、最終的に有権者に委任と責任のシステムを単線化させ、これにつながらない機関をそもそも作らない格好になっています(裁判所は違いますが)。アメリカの憲法観を汲んだ三権が対等に分立するモデルよりも、内閣が国会に対して説明責任を持つ構造こそが重要と指摘します。

 このように憲法学と政治学では中心的理解が異なる様が何点かみられるのが興味深く感じました。

(ミネルヴァ書房「セミナー・知を究める」、2018年)

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