安田純平、藤原亮司トークライブ「紛争地で生きる人々と私たちの社会」

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 2015年、内戦下のシリアへ入境した直後に武装組織に拘束され、3年4か月間の監禁の後解放されたジャーナリスト安田純平さんと、同じく中東紛争地を取材するジャーナリスト藤原亮司さんによるトークライブが15日、神戸であり、聴きに行ってきた。2人の共著書『戦争取材と自己責任』(dZERO、2019年)刊行を記念した催し。シリア内戦の構図、拘束から解放に至る経緯から、なぜジャーナリストが紛争地を取材する必要があるのか、「自己責任論」が示す日本社会の現在まで、予定時間を30分超え、2時間半にわたって熱弁を聴くことができた。

 「現地の人が撮影した映像がSNSにアップロードされる時代に、わざわざ外国から取材する意味があるのか」という言説がよくあるが、安田さんは「当事者の撮った映像でも自作自演だ、嘘だと言われてしまうことがよくある」と話す。

 当事者ではなく第三者、しかも技術と倫理観を持ったジャーナリストが、現場の地形や、政府側や反政府側がそれぞれどんな武器を使っているのか、戦闘員や市民がどこにいてどう動いているのかをみることによって、総合的に事実を確認できるのだと取材の意義を強調した。当事者でも世界に映像を発信できるようになった時代だからこそ「なるべく多くの第三者が入ることや、ちゃんと分析でしたり、人と向き合って話ができる記者はこれまで以上に求められるし、重要になっている」。

 シーア派とスンナ派の対立、欧米露の介入による代理戦争など、大きな物語としてのシリア内戦や中東紛争の語られ方は研究者やマスメディアなどで多数ある。しかし繰り返し現場に入って直接現地の人の話を聴くことは、研究者でもなかなかできないし、していないという。

 シリアは独裁政権の下、秘密警察が跋扈し、相互監視が浸透した社会だったので、逆に言うと「アラブの春」以前は治安は良かった。ゆえに日本の中東研究者やJICAスタッフなどもシリアで学び、シリア政府に好印象を持って帰ってくることが多かったという。こうしたイメージから中東専門家を標榜する人でさえ、内戦を陰謀論で解釈しようとし、果ては「反政府側は治安を乱すテロリストだから殺してもいい」と安田さんの門前で言い放つ人までいたという。

 国同士の関係や宗派対立、代理戦争的側面など「大きな話も確かに側面の一つではあるが、そこに住んでいる人には関係ない。戊辰戦争は次第に英仏の代理戦争的意味合いを持ったが、当時の日本人はそんな認識をしていただろうか。大きな話だけでなく、現地で生きている人の生活がどうなっているかを見なければならない」。それが取材活動を貫くテーマだと話す。

 拘束の経緯、監禁が長引いた背景、日本のマスメディア報道の問題点など話は尽きないが、そうした詳細は著書などでも書かれていることなのでここでは割愛。解放後吹き荒れ、今もかまびすしい「自己責任論」については、「自己責任を取るためには本人の選択の自由がなければならない。しかし今言われている『自己責任論』はむしろ選択の自由を奪って自己責任を取れなくさせようとしている」と指摘した。

 自己責任なんか取れっこないのだから政府の言うことを聞け、という「迷惑」論が「自己責任」論と重ねて主張され、現在の旅券不発給問題にまで至ってしまう。実際には日本政府が安田さん解放のために動いた形跡がほとんどみられない。それでも実際にどの程度、誰に生じたのかもはっきりしない「迷惑」を振りかざすのは、むしろ政府や権力者よりも一般の人々のほうが先行しつつある。きな臭い世情だ。

 安田さんはシリア取材で、反政府側の人たちに「ここまで内戦が悪化して、前のほうがよかったと思わないのか」と尋ねると「確かに前のほうが安全だったかもしれないが、俺たちは家畜ではない」と返してきたという。餌は来る、狼が来る危険もない、しかし檻からは出られない──。自由と責任とは何か、再度胸に手を当てて考えなければならないのは、むしろ私たち日本人のほうだと改めて感じた。

「戦争取材と自己責任」刊行記念トークライブ「紛争地で生きる人々と私たちの社会」
▽主催=「戦争取材と自己責任」トークライブ@神戸 実行委員会
▽日時=2020年1月15日午後7時〜9時(実際は9時半まで延長)
▽場所=神戸学生青年センター(神戸市灘区)
▽登壇者=安田純平、藤原亮司(ともにジャーナリスト)