西部邁氏自殺報道をWHOガイドラインと照らし合わせる

2018年1月22日

 1月21日午前、評論家の西部邁さんが亡くなった。自殺とみられている。自殺報道はその内容によって、報道に接した人による後追い自殺を誘引しかねないとして、慎重にされるべきだとの考えがあり、世界保健機関(WHO)もガイドラインを作っている。今回の西部さんの件で言えば、著名な評論家でかつ著作などで自死を公言していたこともあり、一報を受けてから各社どのように報じるんだろうと気になっていた。

 ということで今回は22日付けの各紙朝刊を見比べる。いつものように全国5紙大阪本社版と京阪神の地方3紙のそれぞれ最終版を比較対照とした。京阪神3紙は共同電を使用。朝日、毎日、読売、産経、京都、神戸は12段組紙面、日経と大阪日日は15段組紙面。

自殺報道で注意すべき点とは何か

 WHOは自殺報道をするなとは言っていない。確かに、「自殺予防 メディア関係者のための手引き」*1(2008年改訂版日本語版、河西千秋監訳)では「メディアの自殺報道は模倣自殺をもたらすが、これは、自殺と自殺未遂率が統計学的に有意に上昇するという根拠によって強く支持される」としているが、一方で「責任ある報道は、自殺に関して社会を啓発し、自殺に傾く人が助けを求めることを促すことにもつながるだろう」とも述べ、メディアによる自殺抑止の可能性についても指摘。「自殺の報道において注意を要するということと、有害事象を引き起こす危険性、人々の知る権利を、ある規範をもって均衡させることが、メディア関係者の義務である」と結論付けている。

 では、どのような報道が望ましいとされるのか。WHOは12項目を挙げている。少し長いが全て引用する。

  • 努めて、社会に向けて自殺に関する啓発・教育を行う
  • 自殺を、センセーショナルに扱わない。当然の行為のように扱わない。あるいは問題解決法の一つであるかのように扱わない
  • 自殺の報道を目立つところに掲載したり、過剰に、そして繰り返し報道しない
  • 自殺既遂や未遂に用いられた手段を詳しく伝えない
  • 自殺既遂や未遂の生じた場所について、詳しい情報を伝えない
  • 見出しのつけかたには慎重を期する
  • 写真や映像を用いることにはかなりの慎重を期する
  • 著名な人の自殺を伝えるときには特に注意をする
  • 自殺で遺された人に対して、十分な配慮をする
  • どこに支援を求めることができるのかということについて、情報を提供する
  • メディア関係者自身も、自殺に関する話題から影響を受けることを知る

 また2007年の日本語版第2版*2では、「してはいけないこと」として「遺書を公表しないこと」「自殺に単純な理由を付与しないこと」などを挙げている。

 自殺報道を巡っては、昨年10月末の座間9遺体事件で被害者が希死念慮を抱えていたことから、自殺を考えてしまう心理の解説や、自殺を考えたとき具体的にどんな機関へ助けを求めればよいのかなどを報じる向きがあった*3。自殺抑止のためにメディアが役割を果たした例と言える。

 一方で、昨年12月には、自殺した韓国の男性アイドルグループのメンバーがのこした遺書の全文を、朝日新聞デジタルが記事として報じ、その後取り消すということもあった*4

著書の自殺願望記述、読・産・共同が引用

 西部氏は晩年、周囲に自殺願望を公言し、近年の著作でも「自裁死」の選択をほのめかしていたことが分かっている。

 著書の自殺願望に関する記述は、遺書の代わりとも言えるので引用は慎重になされるべきだろう。各紙を点検すると、読売が本記*5で、産経と共同電はサイド*6で引用。共同電の当該記事は京阪神3紙のうち大阪日日のみが掲載した。
 
 このうち産経と共同電は、自然死と呼ばれるもののほとんどが病院死だとした上で、最期の在り方を自己決定したいという旨の部分を引いた。

▽産経社面サイド
◎保守思想、尊敬集め 「自死」の決意示唆 西部さん死去(社面カタ=見出し3段)
 「ウソじゃないぞ。俺は本当に死ぬつもりなんだぞ」―。21日に死去した西部邁さん(78)はここ数年、周囲にそう語っていた。平成26年の妻の死などによって自身の死への思索を深め、著作などでもしばしば言及していた。
 昨年12月に刊行された最後の著書「保守の真髄しんずい」の中で、西部さんは「自然死と呼ばれているもののほとんどは、実は偽装」だとし、その実態は「病院死」だと指摘。自身は「生の最期を他人に命令されたりいじり回されたくない」とし「自裁死」を選択する可能性を示唆していた。
 (後略)

▽共同電サイド
【大阪日日(見出し1段)】◎思索を深め「自裁死」示唆 著作などで言及
【京都、神戸は掲載なし】

 保守論客として長く言論界で活躍した西部邁さんは2014年の妻の死などによって自身の死への思索を深め、著作などでもしばしば言及していた。
 昨年12月に刊行された最後の著書「保守の真髄しんずい」の中で、西部さんは「自然死と呼ばれているもののほとんどは、実は偽装」だとし、その実態は「病院死」だと指摘。自身は「生の最期を他人に命令されたりいじり回されたくない」とし「自裁死」を選択する可能性を示唆していた。
 後書きでは、筆が持てなくなっていた西部さんのために口述筆記をした娘の智子さんに向けて「僕はそう遠くない時機にリタイアするつもりなので、そのあとは、できるだけ僕のことは忘れて、悠々と人生を楽しんでほしい」と語り掛けていた。

 一方読売は「生の周囲への貢献がそれへの迷惑を下回ること確実となるなら、死すべき時期がやってきたということ」の部分を引用した。

▽読売サイド
◎西部邁さん自殺か 78歳、保守派の論客 

 (前略)西部さんは50代半ばから、自死への思いを公言。近著『保守の真髄』でも『生の周囲への貢献がそれへの迷惑を下回ること確実となるなら、死すべき時期がやってきたということ』と記述。家族によれば、遺書にも迷惑をかけたくない旨が記されていたという。(後略)

 もちろん三つとも、あくまで本人がそう書いたということしか言っていないが、特に読売はより一般化された形での記述を引用しており、読者に与える影響は大きいのではないだろうか。

 頭をよぎるのは、相模原障害者施設殺傷事件で起訴された被告の主張。障害者は社会の役に立つことがなく、迷惑な存在だとして殺害を正当化した論理に通じる部分がある。もちろん自分の身の処し方の思索と、他者の生死の資格を身勝手に決定することの間には大きな隔たりがあるとはしても、同じように自責の念を抱く読者が読めばどう思うかという視点は必要だ。

 また共同電では「2014年の妻の死などによって自身の死への思索を深め」と、妻の死と関連させた記述をしているのもやや気になる。これ以上踏み込んだことは書いていないので許容なのだろうが、新聞読者は高齢層が多く、中には妻に先立たれた人も少なくないことを考えると、慎重な書き方が求められただろう。

共同電は談話で微妙な表現

 共同電はジャーナリスト田原総一朗さんの談話を載せている。

 ジャーナリストの田原総一朗さんの話 (略)彼は非常にラジカルで、物事を非常にちゃんと考える人。曖昧なことが大嫌いだ。日本は、安全保障も経済も、大事な部分を隠して曖昧。そういうことが彼には我慢できなかったのではないか。

 先に紹介したWHOのガイドラインの2008年改訂版日本語版では「メディアの一部にみられるような自殺に関する憶測記事は有害であり、死の原因が明らかになるまではそのような記事の掲載を見合わせるべきである」としている。

 田原さんの話では「そういうことが彼には我慢できなかったのではないか」としか書いておらず、「だから自殺した」とまでは断定していないが、そう読めなくもない微妙な表現だ。

 自殺の理由を政治的な主張などと絡めることには注意が必要だ。同ガイドラインでも「著名な芸能人や政治的に力をもつ人の自殺は、その人たちが崇敬の対象であれば特に自殺に傾く人に影響を与えてしまう」としているからだ。

 田原さん自身がそのようにコメントすることの責任と、共同通信がその話を配信することの責任、そして加盟紙がその話を掲載することの責任はそれぞれ別で考えられるべきだということを前置きした上で、すれすれの表現だなと思う。

記事の位置や扱い

 自殺報道の記事を目立つところに配置すると模倣自殺を引き起こしやすいとして、同ガイドラインでは「第一面や、中のページの最上部に掲載されるよりも、中のページの最下部に掲載されるようにすべきである」としている。

 また顔写真も「自殺をした人の写真を報道に使うこともすべでき(ママ)はない。もし視覚的な画像を用いるのなら、遺族から正式な許可を得なければならない。それらの画像は、目立つところに掲載されるべきではなく、また美化するべきでもない」と掲載自体を見合わせたり、掲載するときも目立たないようにしたりすべきだとしている。

 これを踏まえて各紙を点検すると、記事を1面に掲載した社はなく、どれも中面での掲載となった。また位置についても産経は社会面の上部に載せたが、他紙は紙面の中ほどか下段での掲載となり配慮された形だ。

 写真はこれも産経のみが社面のサイドで2段分使って写真を載せたが、それ以外は1段分と小さなサイズだった。

見出し

 同ガイドラインでは「見出しでは、“自殺”のことばを使うべきではないし、同様に自殺の手段・方法や場所についての言及も避けるべきである」としている。この点はニュースを端的に伝えるという見出しの機能から考えて、新聞社にとっては最も同意しにくい項目だと思う。

 現に朝日以外の全紙が「自殺」を見出しに入れ、朝日はより具体的に、水中に身を投げ自殺することを指す「入水」を見出しにとった。「入水」は毎日も使用。「多摩川で」という場所の要素は朝日、京都、神戸、大阪日日が含めた。

著名人の自殺をどう報じるか

 ここまで各紙の報じ方を見比べてきた。西部氏の自殺に対する具体的な考え方を報じた社は少なく、全体的には抑制的だったと思う。

 同ガイドラインでは自殺報道による後追い自殺は、若者やうつ病の患者に特にその傾向があるとされている。西部氏が若い世代の中で有名かというと疑問もあり、報じ方の落としどころとしてはこのレベルだとは思う。

 一方で読売が、社会に役に立つか・迷惑をかけるかどうかを尺度とした死生観について触れたり、共同が妻の死との関連に触れたりしたことは、留意が必要だ。こうした考え方が社会に増幅したときに、後追い自殺を招きかねないという懸念はぬぐえない。「この程度でとどまってほしい」と僕は思う。

【参考】本記の見出しとリード

 各紙の本記の見出しとリードを、参考として紹介する。

▽朝日(2社面=見出し2段)
◎西部邁さん死去 評論家、多摩川で入水か

 21日午前6時40分ごろ、東京都大田区田園調布5丁目の多摩川で、評論家の西にしすすむさん(78)の長男から、「父親が川に入った」と110番通報があった。警視庁と消防が男性を救出したが、約2時間後に搬送先の病院で死亡が確認された。
 田園調布署によると、男性は西部さんだった。同日未明に家族が「父親がいない」と110番通報していた。行方を捜しているなかで、多摩川で長男が見つけ、通報したという。河川敷に遺書が残されていたといい、署は自殺の可能性があるとみている。

▽毎日(社面=同3段)
◎西部邁さん死去 入水自殺か、保守派の論客 78歳

 21日午前7時ごろ、東京都大田区田園調布5の多摩川で、世田谷区の評論家、西部邁(にしべ・すすむ)さん(78)が倒れて浮かんでいるのを、「父が河原から飛び込んだ」との110番で駆け付けた警視庁田園調布署員が発見した。西部さんは意識がなく、搬送先の病院で死亡が確認された。

▽読売(2社面=同2段)
◎西部邁さん自殺か 78歳、保守派の論客

 21日午前6時40分頃、東京都大田区田園調布の多摩川河川敷で、男性から「川に飛び込んだ人がいる」と110番があった。警視庁田園調布署員が救助したが、搬送先の病院で死亡が確認された。溺死とみられる。
 同署幹部によると、亡くなったのは評論家、西部すすむさん(78)(世田谷区)。家族が同日午前3時半頃、西部さんが自宅にいないことに気づき、行方を捜していた。河川敷で遺書が見つかったことから同署は自殺とみている。

▽産経(2面=同3段)
◎西部邁さん死去 78歳 保守派論客、自殺か 正論大賞

 保守派の論客として知られる評論家の西部邁(にしべ・すすむ)さん(78)=東京都世田谷区=が21日、死去した。警視庁田園調布署によると、同日午前6時40分ごろ、東京都大田区田園調布の多摩川河川敷から「川に飛び込んだ人がいる」と110番通報があった。飛び込んだのは西部さんで、署員らが現場に駆け付け病院に搬送されたが、死亡が確認された。

▽日経(社面=同2段)
◎西部邁さん死去、自殺か 78歳、保守派の論客

 保守派の論客として知られた評論家の西部邁(にしべ・すすむ)さんが1月21日、死去した。警視庁によると、東京都大田区の多摩川の流れに入ったところを見つかり、搬送先の病院で死亡が確認された。近くに遺書が残っており、自殺とみて経緯を調べる。78歳だった。

▽共同電
【京都(2社面=見出し2段)】◎西部邁さん死去 評論家、多摩川で自殺か 78歳
【神戸(2社面=同1段)】◎保守派の論客、西部邁氏死去 多摩川で自殺か
【大阪日日(社面=同3段)】◎評論家西部邁さん死去 保守の論客、多摩川で自殺か

 保守派の論客として知られる西部邁(にしべ・すすむ)さんが21日午前8時37分、搬送先の東京都内の病院で死去した。東京都大田区の多摩川で自殺を図り、溺死したとみられる。78歳。北海道出身。自宅は東京都大田区。

*1:厚生労働省ウェブサイトから閲覧できる。
www.mhlw.go.jp

*2:http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/67604/5/WHO_MNH_MBD_00.2_jpn.pdf

*3:プチ鹿島「容疑者の過去よりも知りたいこと 「座間9人遺体事件」を読み比べる」(2017年11月10日、文春オンライン)に詳しい。
bunshun.jp

*4:朝日新聞社「SHINeeメンバーの遺書を報じた記事の削除について」(2017年12月20日)
http://www.asahi.com/corporate/info/11255282

*5:「本文記事」の略。そのニュースのうち、基本的な事実関係を並べた核となる記事のこと。

*6:本文記事に対して言う、経過や事実を掘り下げた関連記事のこと。