2020 読書この一年

2020年12月30日

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現代日本政治の記念碑的著作─『政治改革再考』

 9月、図らずも首相の体調問題で突然の幕切れとなった安倍政権は、小選挙区比例代表並立制による派閥の求心力低下や、官邸機能の強化といった一連の政治改革の帰結として語られることの多い政権でした。そんな年に発売されるにふさわしい政治学の記念碑的著作が、待鳥聡史『政治改革再考 変貌を遂げた国家の軌跡(新潮選書、5月発売、6月3日読了)です。

 1990年代以降の約30年間に選挙制度、行政、日銀・大蔵省、司法、地方の各分野で行われた政治改革は、個々人がより自律的かつ合理的に判断し、その集積として社会が意思決定を行うという近代主義を推し進めるという一つのアイデアのもとに一貫性があった──。著者はこのように一連の政治改革を整理し、「実質的な意味での憲法改正」であったのだと評します。

 その上で、理念は共通しているにもかかわらず、各領域の改革は整合的ではなかったことが、現在の行き詰まりに影響しているというのです。不整合の理由は実際に改革を実現させていく中で各領域の「総論賛成各論反対」のような事情に合わせて「土着化」が図られたからだとし、本書では各領域について土着化の過程を丁寧に追う構成となっています。

 各領域の統治機構改革の「不整合」は現在、新型コロナ対応においてもさまざまな形で露見しています。直接コロナ対応について触れているわけではありませんが、本書の知見はこの行き詰まりの背景を考える上でも、役立つでしょう。

待鳥聡史著『政治改革再考─変貌を遂げた国家の軌跡』
書影は版元ドットコム なぜ広範囲にわたったのか、こんなはずではない現状に至るのはなぜか  衆院の選挙制度改革、内閣機能強化、省庁再編、政党助成金制度、地方分権改…
charlieinthefog.com

 多湖淳『戦争とは何か 国際政治学の挑戦(中公新書、1月発売、2月1日読了)は国際政治学とか、国際関係論といった分野の入門書として話題になりました。国際政治を、相手の出方を考えながら、自らの行動を決定する戦略的相互作用であると見るとき、「戦争」は交渉の失敗と解釈できます。この観点から、歴史上のあらゆる「戦争」を扱ったデータセットを計量的に分析することで、「戦争」に発展したり長引いたりする原因を探ろうという研究が、著者の言う「国際政治学」です。

 計量的な研究のため、第二次世界大戦のような特異な例を扱えない難点があるなど限界も多くある分野ではあります。ただ、情報の非対称性が鍵になる国際政治において、日本の憲法9条は一種の安全供与として機能してきた可能性があり、相対的に国力が低下する中で日本がいま改憲に踏み切れば、周辺国に対し軍拡のメッセージを発することになるのではないかと示唆している点がとても印象に残っています。

多湖淳著『戦争とは何か』
(書影は版元ドットコム)  国際法学では戦争と平和を二分し、国家が宣戦布告などの諸条件によって戦争に突入し、その時点で法規範が戦時国際法(国際人道法)に移行する…
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 行政学からは、手塚洋輔『戦後行政の構造とディレンマ 予防接種行政の変遷(藤原書店、2010年発売、3月9日読了)を挙げたいと思います。すべき行為をしないことによって不利益を被る「不作為過誤」と、せざるべき行為をしたことによって不利益を被る「作為過誤」の二つのリスクがある予防接種関連の政策において、行政が自らの責任範囲をどのように変更し、このジレンマから逃れようとしてきたかをたどっています。いま読むと、コロナ対応をめぐるなすり合いを想起せざるを得ません。

見た・聴いた・読んだ 2020.3.9-15
今週のフロント 手塚洋輔著『戦後行政の構造とディレンマ─予防接種行政の変遷』 書影は版元ドットコムから  予防接種行政は、すべき行為をしないことによって不利益を…
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 ジャーナリストの手による著作としては、村山治『安倍・菅政権vs.検察庁 暗闘のクロニクル(文藝春秋、11月発売、12月29日読了)を面白く読みました。勤務延長(定年延長)問題の当事者で、賭けマージャン疑惑は先日検察審査会が「起訴相当」の議決を下した黒川弘務前東京高検検事長と、その任官同期の林真琴・現検事総長を主人公に、政権と法務・検察の間の人事をめぐる攻防を、黒川・林が法務・検察内で台頭するに至る経緯からさかのぼって追っています。

 『政治改革再考』で整理されたような一連の政治改革の中でも、政官関係の変化は特に代表的な改革だったわけですが、法務・検察という特殊な役所においてそれを適用しようとする政府も、準司法機関として微妙な性格を持つ法務・検察も、対応に戸惑った形跡が本書からうかがえます。

 著者は法務・検察は、大蔵省を筆頭に護送船団を司る官僚機構を、私利のために介入しようとする政治家から守るために存在してきたものとだと位置付けています。護送船団方式が限界を見せる中、検察行政改革を進めた張本人である黒川・林の2人の来歴と、それぞれのやり方の違いが、事ここに至って運命を分けたというドラマを描けるのは、長年検察取材に携わった著者ならではでしょう。

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