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『JR上野駅公園口』『ヤクザときどきピアノ』
その他、今年読んだ本で印象的だったものを列挙していきます。
木下衆『家族はなぜ介護してしまうのか 認知症の社会学』(世界思想社、2019年発売、5月25日読了)は、福祉を家族だけに押し付けるのではなく、社会全体で賄うために専門職の育成や財政上の支援などの充実化が図られているにもかかわらず、依然として家族が介護をめぐる場の中心的存在に居続けてしまうのはなぜかを、インタビューを通じて探った社会学の成果です。患者がその人らしい生を営み続けるためには、家族でしか知り得ない知識が、ケアプランの要になってしまい、このことが家族の新たな負担につながっている現状を明らかにしています。
松山秀明『テレビ越しの東京史 戦後首都の遠視法』(青土社、2019年発売、1月11日読了)はテレビが描く東京像の変遷を追ったメディア研究書。東京という都市が膨張を続けた結果、90年代にはもはやフィクションとしての東京しか描けなくなるテレビに、ある種のテレビらしさを再発見した思いです。『ドキュメント72時間』のようにただ東京でずっとカメラを回すだけで、格差を描けてしまう時代になったという指摘にはハッとさせられました。
全米図書賞受賞で話題となった柳美里『JR上野駅公園口』(河出文庫、2017年発売、11月19日読了)は、居場所を失い続け、もはや帰るところのない主人公に、それでも手を振ってくれた人が、まさに自分を排除する権力の源泉だということの大きな絶望感が胸に重く響く作品です。中央によるアメとムチに翻弄される地方の、引き裂かれるような自意識を反映したストーリーであり、そこに天皇が登場するのは必然でした。原武史による巻末解説も読む価値大です。
暴力団取材を専門とするライターによる異色のエッセイ、鈴木智彦『ヤクザときどきピアノ』(CCCメディアハウス、4月発売、4月24日読了)は、ひょんなことからABBA「ダンシング・クイーン」を弾けるようになりたいという強い意志のもと、50代にして初めてピアノを学び始める奮闘記です。音楽への感激や、その初期衝動に突き動かれた努力、それを支えてくれる指導者への尊敬といった話題が、鈴木ならではの心地よいテンポ感とユーモアたっぷりの文体でつづられ、読者の共感・感涙をいざないます。
以上、2020年の読書活動を振り返りました。今年は世の中もコロナ禍に見舞われ、私自身も就職し、変化に富んだ一年でした。また、本からいろんな発見を得て、考えを巡らせたり、人と意見を交わし合ったりする機会は、コロナ禍にあっても変わらず積極的に持つことのできた一年でした。来年も、面白い本と出会い、読書を楽しんでいければと思っています。
文中で触れた本一覧
紹介順。西暦は発売年で不記載は2020年発売。
- 伊藤亜紗『手の倫理』講談社選書メチエ
- 頭木弘樹『食べることと出すこと』医学書院
- 郡司ペギオ幸夫『やってくる』医学書院
- 國分功一郎『暇と退屈の倫理学 増補新版』太田出版(2015年)
- 打越正行『ヤンキーと地元 解体屋、風俗経営者、ヤミ業者になった沖縄の若者たち』筑摩書房(2019年)
- 上間陽子『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』太田出版(2017年)
- 上間陽子『海をあげる』筑摩書房
- 岸政彦『ブルデュー『ディスタンクシオン』 2020年12月』NHK出版
- 藤野裕子『民衆暴力──一揆・暴動・虐殺の日本近代』中公新書
- 濱野ちひろ『聖なるズー』集英社(2019年)
- 酒井正『日本のセーフティーネット格差 労働市場の変容と社会保険』慶應義塾大学出版会
- 佐藤滋、古市将人『租税抵抗の財政学 信頼と合意に基づく社会へ』岩波書店(2014年)
- 山森亮『ベーシック・インカム入門 無条件給付の基本所得を考える』光文社新書(2009年)
- 原田泰『ベーシック・インカム 国家は貧困問題を解決できるか』中公新書(2015年)
- 諸富徹『グローバル・タックス──国境を超える課税権力』岩波新書
- 諸富徹『私たちはなぜ税金を納めるのか 租税の経済思想史』新潮選書(2013年)
- 後藤健太『アジア経済とは何か』中公新書(2019年)
- 待鳥聡史『政治改革再考 変貌を遂げた国家の軌跡』新潮選書
- 多湖淳『戦争とは何か 国際政治学の挑戦』中公新書
- 手塚洋輔『戦後行政の構造とディレンマ 予防接種行政の変遷』藤原書店(2010年)
- 村山治『安倍・菅政権vs.検察庁 暗闘のクロニクル』文藝春秋
- 木下衆『家族はなぜ介護してしまうのか 認知症の社会学』世界思想社(2019年)
- 松山秀明『テレビ越しの東京史 戦後首都の遠視法』青土社(2019年)
- 柳美里『JR上野駅公園口』河出文庫(2017年)
- 鈴木智彦『ヤクザときどきピアノ』CCCメディアハウス