今年の読了冊数は98冊でした。映画熱の高まりにより読書活動は退潮気味で、読む本も仕事に関係のある、雇用、社会保障関係の本に比重が傾きました。

あえて今年一番おもしろかった本を挙げるとすれば、首藤若菜著『雇用か賃金か 日本の選択』(筑摩選書、10月発売、11月13日読了)です。生産が縮小した際に、賃金を下げても雇用を維持するか、希望退職等により雇用を解消するかという二つの選択肢について、前者はコロナ禍のANAグループの、後者は構造不況業種の百貨店のそれぞれの実例をレポートすることにより、日本の雇用調整の内実を探っています。
コロナ禍での需要蒸発に対し、欧米の航空会社では、賃金カットの提案を組合側が拒み、予め決まっているリスト(勤続年数の短い順)によって機械的に一時解雇することで対応したようです。需要回復後の再雇用のルールも明確化されていますが、今回のコロナ禍での一時解雇の際には、他業種へ転職した等の理由で再雇用できない例も多く、需要回復後のサービス回復が困難になったこともありました。
一方、ANAグループにおける賃金カットについては、単なる賃金カットだけでなく、サバティカル制度や客室乗務員の勤務体系の柔軟化、グループ企業への在籍出向などが、労使交渉の末に実現しています。しかしこのようなスタイルの雇用調整の場合、賃金水準は簡単に下がってしまい停滞しやすくなってしまいます。
百貨店の場合は短期的な雇用調整とは異なり、長期衰退的構造を背景とした雇用調整となるため希望退職等で雇用を解消する選択が取られます。もともと意に沿わない配転・出向が前提となる長期雇用を慣行としてきたこともあり、レポートされた百貨店の取り組みでは退職後の再就職先の確保についても、正社員だけでなく無期契約のパートタイマーも含めて会社が責任を持って奔走しました。
著者はこうした、どんな仕事かを問わず会社が雇用の場を提供し続ける長期雇用のあり方を「本籍主義」と命名しています。そしてこうした長期雇用慣行においては、出向等で社外に真っ先に排出されるのは中高年の男性正社員ということになります。
失業率には現れない、雇用調整によって起こる賃金水準や職務内容のミスマッチへの注目という視点の重要性を、実例をもとにして説いた好著でした。
宮本太郎著『貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ』(朝日選書、2021年発売、1月1日読了)は、介護保険制度等、社会保障政策の画期が、政治的な「例外状況」下で起こるのが日本の特徴だと指摘しました。行政による規制・保護、企業による男性稼ぎ主と扶養家族の所得保障、家庭による性別役割分業の三重構造を基本とした日本の社会保障の前提が崩れていく中で、普遍主義的な社会民主主義、選別主義的な新自由主義、家族による自助を強調する保守主義の3つの相異なる立場がせめぎ合います。
自民党体制が動揺する時期に社会民主主義的な政策は実現し、しかし程なくして「磁力としての新自由主義」が幅を利かせる。著者が示す日本の社会保障を巡る現代政治の見取り図がなるほど明快ですし、この磁力の強さをどうすれば弱めることができるのか、正直、先はかなり思いやられると感じます。
ジェイク・ローゼンフェルド著、川添節子訳『給料はあなたの価値なのか 賃金と経済にまつわる神話を解く』(みすず書房、2月発売、4月16日読了)は、自由主義的なアメリカでさえ、労働市場は労働生産性と賃金の需給のみによって成立はしておらず、「成果主義」の美名のもとに、成果以外のさまざまな要因によって企業側の独占力が効いていることを明らかにしています。自身の給与を他の従業員に明かさない守秘義務や、同業転職を禁じる契約などが思いの外、賃金水準に影響をもたらしていることなどが興味深く感じました。薄々分かっていたけども、こうやって改めて明らかにされると、やはりそうだったのか!という納得感がありました。
こうしたことから著者は取締役会への従業員代表の参加や年功賃金など、従業員の脱商品化的な賃金制度を支持していますが、果たして私たちは自分を「脱商品化」したいのかどうか?という問題があるように思います。この辺りは前掲書にあった「磁力としての新自由主義」と共通する部分があると思います。
(次ページへ続く)