2020年3月新聞調査(1)版違いとは何か~毎日の紙面差し替え

2020年3月22日

(前ページからつづく)

締め切り時刻を予想する

 では各版の締め切り時刻はいつ頃なのでしょうか。紙面の完成データを印刷部門に送ることを降版と言います。この後には版を作り直さない限り修正はできないので、降版時刻は編集部門にとって紙面製作の締め切りといえます。

 降版時刻は各新聞社にとって企業秘密になっています。取材上の必要に加え、降版時刻の設定が各社の配送・印刷能力に依拠することなどが理由と考えられます。しかし各版に何が載り、何が載っていないかを調べることで、ある程度の範囲で降版時刻を予想することができます。この14日付毎日新聞東京本社版朝刊を例に実践してみましょう。

 「14版☆」で追記されたブラジル大統領感染報道の共同電を、共同通信がウェブで配信したのは午前0時10分でした。「14版」で反映されたギリシャ聖火リレー中止の記事は、午後10時半ごろに配信されています。またニューヨーク株式市場が開くのは、現地がサマータイム期間に入っているので日本時間では午後10時半となります。

 「13版」で反映された世界の新型コロナ死者5000人超の記事。時事通信がツイッターアカウントで世界の死者5000人超の記事をシェアしたのは午後8時50分です。

 天気図の更新時刻はどうでしょうか。毎日新聞は2015年9月から紙面向け気象情報の配信を「気象情報サービス」という会社から受けており、具体的な更新時刻は不詳です。ただ、気象庁は1日7回(3~21時の3時間ごと)の観測データを基に、観測約2時間10分後を目安に実況天気図を発表します。また日本気象協会運営のtenki.jpは観測は同時刻、発表は観測後約3時間としています。気象情報サービスも同じようなタイミングで配信していると考えると、毎日が18時の天気図を受け取れるのは午後8時台、遅くても午後9時くらいではないかと考えられます。

 以上を整理すると次のような時系列で編集作業が進んだと予想されます。

  • 午後8時半ごろ? 「▲統14版」降版
    • 8時台後半 18時の実況天気図受信
    • 8時50分ごろ 「世界の死者5000人超」判明
  • 9時台~10時台前半? 「13版」降版
    • 10時半ごろ ニューヨーク株式市場の取引開始、「トランプ氏五輪延期に言及」判明
  • 11時台? 「14版」降版
    • 午前0時10分ごろ 「ブラジル大統領感染報道」判明
  • 0時半前後? 「14版☆」降版

 夜間にニュースが動いている日の翌朝刊は、版の内容の変化が分かりやすく、降版時刻の予想がしやすくなります。

必ずしも遅い版が優れているわけではない

 ここで注意していただきたいのは、締め切り時間の遅い版のほうが必ずしも優れた紙面であるとは限らないということです。確かに速報性は最終版に近づくにつれて増していきます。しかし新しい情報を追加するということはその分、既に紙面に入っていた他の情報を削ることを意味します。

 14日付の朝日新聞大阪本社版朝刊29面には、東京五輪・パラリンピックの聖火到着式の予行演習として、航空自衛隊のブルーインパルスが松島基地上空に5色のスモークで五輪マークを描いたという記事が載りました(朝日新聞デジタル記事はこちら)。描かれた五輪マークの写真がメインの記事です。

 この写真ニュースの見出しは「13版」が「悪天候なら…」、「14版△」は「悪天候も想定」。ブルーインパルスは悪天候で輪を描くのが難しい場合を想定して直線を描く練習もしていたことに由来します。

 「13版」では空に5色で描かれた直線5本の写真も掲載されたのですが、「14版△」はこの位置にギリシャの聖火リレー中止の記事を差し込んだため、直線パターンの写真が省かれました。その結果、最終版では見出しと写真がちぐはぐな紙面になってしまったのです。

 この例では見出しの付け方を改善すれば済む問題とも感じますが、新しいニュースを反映させたおかげで記事が削られ中途半端な内容になってしまうことはしばしばあります。

 降版時刻とは、1日、あるいは半日単位の編集作業のサイクルにおいて、起点・終点をどこに置くかという基準点です。翌日の朝刊には入らなくても、伝える価値があると判断された情報であれば夕刊や翌々日の朝刊でフォローされます。新聞の価値は速報性だけでなく、記録性や言論機関としての質などさまざまな側面から見出されるべきでしょう。

 一方で深夜のニュースを締め切りに間に合わせるためには、記者の取材力に加え、編集者の瞬発力、印刷・配送体制の対応力、さらには人件費などコストの許容といった能力が必要になります。そうした意味で、各社の版違いを比較することでその新聞社がいまどれだけの体力を持っているのかという目安にもなります。

 次回は、今回解説した内容を踏まえて、他の新聞の版違いも見比べてみます。

追記情報

 2020年3月22日 ブラジル大統領の新型コロナウイルス感染確認報道について、実際は陰性だったと後に大統領自身がSNSで明らかにしている旨を追記しました。


2020年3月新聞調査」記事一覧

  1. 版違いとは何か~毎日の紙面差し替え 2020年3月22日公開
  2. 版ごとの情報更新状況 2020年3月24日公開
  3. 本支社による紙面の違い 2020年3月27日公開
  4. 日経のカラー印刷事情 2020年4月8日公開
  5. 地方紙の地域別差し替え 2020年5月31日公開

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