映画『すばらしき世界』

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 実存があるのかないのかよく分からない役を演じる役所広司が好きだ。原田眞人監督版『日本のいちばん長い日』で、なんだか淡々と流れ作業をこなしていくかのように割腹自決する阿南陸相は最高だった。

 本作の主人公、三上正夫も多面的な性格が微分的に激しく行ったり来たりしてせわしない。あのチャーミングな三上の周りには、それぞれのバックグラウンドがあって彼を支えたいと思う人が集まる。「これが本当の三上さん」と信じようと思った刹那に、別人格のように憤り、暴れ狂う。こういう役を演じる役所広司が好きだ。

 しかし三上に実存がないわけではない。そこには三上なりの合理性がもちろんあり、周りもその一貫性を理解しないわけではないのだが、にしても極端で、つまり私たちが矛盾だらけの生活に位置づける実存とは違う。だからみんな困る。もっとうまくやればいいのに、とみんな思う。しかし、ならば、介護施設のスタッフどうしでなされる会話にあの笑みを浮かべることが、私たちにとっての実存でいいのか。それは「うまく」やっていることになるのだろうか。

 彼が変容せんとする時に一気に訪れる終幕は、果たしてそういう筋にするしかなかったのか。彼の終幕がああいう形であってほしい、という津乃田(仲野太賀)の欲望がそのまま映像になったような、そういう嫌らしさも感じる。だからもし、私たちにとっての実存が、あんな感じに「うまく」やることなら、私たちはすでに「すばらしき世界」を誰かに押し付けて、犠牲になってもらっているだけなのだろう。

 変容の先にある彼の生活が見たかった。私たちの実存だけがこの社会で存在すべきなのではない、やはり他でもない私たちこそが「すばらしき世界」を担うのだ、というところまで本作で訴えてほしかった。過大な期待なのだろうか。

(西川美和監督、2021年)=2021年2月22日、あべのアポロシネマで 

アポロシネマで撮るのを忘れたので、後日訪ねた大阪ステーションシネマにて