今週のフロント
原武史著『地形の思想史』

日本という一国ではなく、鉄道や団地といったよりミクロな視点で思想史を紡いでいくことを旨とする著者が、今回は地形と思想の絡み合いを実際に現場を訪ね歩きながら考察していった紀行文的思想史の本です。
白眉は第二景「『峠』と革命」でした。東京は多摩西部。理性的な議論の末に民主的な私擬憲法の生まれた五日市と、討論をブルジョワ的手段と否定し、農村から都市を包囲すると武装した山村工作隊が拠点にした小河内という、峠を挟んだ二つの場所の対比が描かれます。
暴力革命思想の下、党が送り込んだ山村工作隊はのちに六全協で「極左冒険主義」と否定され、村がダムに沈むかのように見捨てられていく──。2度の逮捕後も小河内に戻り工作隊の活動に従事し続け、そのせいで体を悪くし35歳で亡くなる岩崎貞則の慰霊碑を原は現地で見つけます。句読点のない石碑の文章は、同志を見捨てた党への怒りを湛えています。
のちに生まれる赤軍は、さらに柳沢峠を越えた山梨県丹波山村にある「福ちゃん荘」を拠点に、首相官邸や警視庁への襲撃に備えた訓練を展開します。原はここで、なんと現在の天皇・皇后夫妻が皇太子・同妃時代に訪ねていたことを示す看板を見つけるのです。各地の峠を踏んだ現天皇の足跡が、よりにもよって赤軍ゆかりの地にまで及ぶという偶然か否か。原の体験を通じて読者も否応なく、時代の流れを突き付けられます。
この他考察の舞台となるのは、皇国の「浄」を実現するためにハンセン病患者を隔離する場となった広島の似島、オウム真理教や創価学会など数々の新興宗教が信仰の場としてきた富士山麓、女性の社会進出が同じ県内でも薩摩半島に比して圧倒的に遅れている大隅半島など。原の視角の鋭さが本書でも発揮されています。
(KADOKAWA、2019年)
レビュー記事を書いたもの
- NHK『今だから、新作ドラマ作ってみました』第1話「心はホノルル、彼にはピーナツバター」満島真之介、前田亜季 作=矢島弘一(2020.5.4)

見た
- NHK『100分de名著』「平家物語」第1回「光と闇の物語」安部みちこ、伊集院光、安田登、塩高和之(2019.5.6)
- NHKスペシャル『ふり向かずに 前へ 池江璃花子 19歳』(2020.5.9)
- NHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』中村勘九郎、阿部サダヲ、森山未來、神木隆之介、ビートたけしほか
- 第13回「復活」(2019.3.31)
- 第14回「新世界」(2019.4.14)
- 第15回「あゝ結婚」(2019.4.21)
聴いた
ラジオ番組
- TBSラジオ『伊集院光とらじおと』伊集院光、竹内香苗 ゲスト=三遊亭円楽(2020.5.5)
- TBSラジオ『文化系トークラジオ Life』
- 「コロナ下の新日常を生きる」鈴木謙介、速水健朗、野村高文、斎藤哲也、柳瀬博一、宇田川元一、崔真淑、内沼晋太郎、水無田気流、永田夏来、神里達博ほか(2020.5.4)
- 「論壇のいま、Lifeのこれから」鈴木謙介、速水健朗、津田大介、仲俣暁生、大澤聡、円堂都司昭、西森路代、常見陽平ほか(2013.3.25)
読んだ
書籍
- 市原真『どこからが病気なの?』ちくまプリマー新書(2020)
- 小川進『QRコードの奇跡─モノづくり集団の発想転換が革新を生んだ』(2020)
- 福間良明『「勤労青年」の教養文化史』岩波新書(2020)
- 古橋信孝『ミステリーで読む戦後史』平凡社新書(2019)
- 松田美佐『うわさとは何か─ネットで変容する「最も古いメディア」』中公新書(2014)
ウェブで読めるもの
- 有賀光太『静かで暗い街を歩く 徹夜梅田探訪 下』note(2020.5.4)
- 磯野真穂 聞き手=高久潤『(インタビュー)社会を覆う「正しさ」 新型コロナ』朝日新聞デジタル(2020.5.8)
- 研ナオコ『〈追悼・志村けん〉研ナオコ「もう二度といっしょに仕事ができないなんて」』婦人公論.jp(2020.5.2)
- 小柳ルミ子 構成=上田恵子『〈追悼・志村けん〉小柳ルミ子「ボーヤの頃に出会って48年。同志であり、戦友だった」』婦人公論.jp(2020.5.2)
- 坂口直『アビガンに期待する人が押さえておきたい裏側 奇形児発生の副作用、投与なら早めに慎重に』東洋経済オンライン(2020.4.8)
- 下村太一『田中角栄の立法活動の再検討』神戸学院法学第48巻第2号(2019.9)=リンク先はPDF
- 鈴木謙介『起業家精神と社会の統制』SOUL for SALE(2020.5.3)
- 鈴木謙介『パッケージとライブ:音楽産業の6モデル』SOUL for SALE(2020.5.10)
- 東京蒸溜所 蒸溜日誌『一般社団法人サービスデザイン推進協議会とは何者か。「持続化給付金」事務局の謎めいた正体を考える。』note(2020.5.2)
- マネーライト『子供部屋でニンテンドー64をプレイする28歳男性のステイホーム週間』マネーライトのオールナイトニッポン(2020.5.6)
- 安田洋祐『ピグー補助金と経済学の力』note(2020.5.6)
- 由紀さおり 構成=樋田敦子『〈追悼・志村けん〉由紀さおり「正気と狂気を行ったり来たり。喜劇に人生を捧げた孤高の人」』婦人公論.jp(2020.5.2)