日本大アメリカンフットボール部選手による悪質タックル問題は、アメフットのフェアプレーそのものの問題にとどまらずさまざまな話題に広がっているが、中でもフォーカスされているのが記者会見におけるマスコミ側の振る舞いだ。質問のレベルが低いとか、番組ごとにリポーターを出している同じ放送局の人間ばかり質問に立ち、新聞・雑誌の記者の質問機会が相対的に少なかったことなどが指摘されている。私見も含め少しまとめておきたい。
一連の問題で最初に会見を開いたのは、タックルを受けた側の関西学院大(5月17日)、次いで被害選手の父親(21日)だったが、本件でマスコミ側の振る舞いが注目された初めての会見は加害選手が監督やコーチによる指示・圧力を明言した22日の会見だった。
何よりも異例だったのは加害選手は成人とは言えどもまだ大学生で、刑事訴追の恐れもある中で実名・顔出しで会見に臨んだことだった。会見は日本記者クラブが主催したものだったが、通常は弁護士の同席は認めず会場内での待機を許すだけで、今回は特例的配慮をしたことになる*1。
さてこの会見におけるマスコミ側の振る舞いについて指摘された点は、おおむね以下の点にまとめられると思う。
(1)加害選手の将来を考えて、ずっと顔をアップで撮るようなことは控えてほしいと代理人弁護士から呼び掛けがあったのに、一部放送局が生中継でアップ映像を放送し続けた
(2)司会が1人1問に絞るように呼び掛けたのに、ほとんどの質問者が1問に絞らなかった
(3)同じ放送局でも番組ごとに質問者が乱立したため、新聞・雑誌記者の質問機会が少なかった
(4)質問内容のレベルが低かった
以下各項目について検証してみたい。
問題1 アップ映像の継続
司会の呼び掛けへの拒否を即不当とするのは筋が悪い
まず(1)についてだが原則論として発言者の表情は、それ自体が重要な情報だということは理屈として理解できる人は多いだろう。ではなぜアップで撮り続けることに否定的な感情を持つかと言えば、撮る側あるいは見る側が人の顔をじろじろ見てのぞき込むことの暴力性を自覚するからだと思う。
私は当時NHK NEWS WEBの中継配信で会見を見ていたが、NHKは時折引きの映像を差し込んだりしていた。ただこれが司会の呼び掛けに呼応したものかどうかは分からない。会見場に詰めかける記者側も写り込ませるような映像も、会見場の雰囲気が伝わるという意味で情報性があるからだ。
一般論で言えば、自ら顔を晒して表に出てきている人をアップで撮り続けることの何が悪いのか、という論理は成り立つと思う。政治家の会見などを考えれば、発言者側の意図に沿うことが必ずしもマスコミとして正しい姿勢だとは限らない。
記者会見を開く側は何らかの意図を持って開くが、それが公益と一致するかは別だ。司会の呼び掛けを拒むことが公益として成立することも少なくないし、「呼び掛けに反したこと」を理由としてアップ継続を批判するのは筋が悪いように思う。
映像の選択肢は実は少ないのでは
ただ今回の会見報道で痛感したことは、生中継するという前提で映像をどう撮るかという選択肢は案外限られているのではないかということだ。
実は放送局に比して、新聞は配慮した写真を掲載する流れも起きていた。朝日新聞の報道*2によれば朝日新聞と毎日新聞は会見翌日付の朝刊でアップの写真は使わず、横顔か引きの画を掲載した。
時間が流れている現場の景色の一瞬間を押さえて切り取る写真の方が「何を切り取るか」という判断が作品に表れやすく見た者も理解しやすい。その象徴的な写真がAP通信配信の写真だった。顔は見えないが丸刈りの青年がフラッシュを浴びて頭を下げ、その影が壁に映っているという様は、その注目度と謝罪の真摯さ、問題の根深さなどを感じさせる。
www.nytimes.com
映像は視覚、聴覚、時間の流れがあるせいで情報量が多い。また試行錯誤しながら撮影することができる写真と違って、生中継の映像は1テイクオンリー。映像の限界が見えたような気がする。
問題2 「1人1問」の不徹底
事実確認ですら幾問も要する
1人1問という呼び掛けはよく記者会見でなされるが、僕はそんなの受け入れられるはずがないと思う。
これは23日に行われた日大の前監督とコーチ(当時)の会見が分かりやすい例だったと思う。TOKYO MX NEWSの有馬隼人キャスターとコーチの問答が象徴的だった。加害選手の会見で、コーチから「関学大との定期戦がなくなってもいい」とか「クオーターバックがけがをして秋の試合に出られなかったらこっちの得だろう」などと言われたと話したが、コーチは発言を否定。それを受けたやり取りだった。
──昨日選手がお話したことをこの場でいくつか否定をされていますが、長年指導されてきた選手がうそをついている、間違っているという認識でよろしいでしょうか。
「いえ、間違っているとは思っておりません。彼の昨日発表したことは、彼が思っていることは合っていると思います」──となると相手の選手にけがをさせたら我々に得があるとか、定期戦がなくなってもいいだろうといった言葉は、選手が覚えていた言葉はやはり発していたということになりますけど、違いますか。
「正直あの、彼に長いいろんな話を今までずっとしてきておりまして、実際その、彼を成長させるためにいろんな表現を確かに使ってきました。それで僕も熱が入っておりまして、彼に対して。実際その、得とか損とか、本当にそういうことは、実際言った覚えがございませんでして、それが目的じゃないというのもまず一つでございまして」──では長年指導されてきた選手がそういう認識をして、試合中のプレーに及んだと昨日語っていましたが、それについては間違いないですね。選手の認識を昨日聞いて間違いなかったと思いますか。
「そういう表現をしてしまった私が、本当に未熟な指導といいますか。はい、私が悪いと、そういう表現をしてそういう気持ちになったと、それは本当に申し訳ないことをしたと思っております」
youtu.be
(53分58秒頃から)
しばらく後に日刊スポーツの記者もまたこの点について質問している。
──何度もコーチに聞かれているかと思うんですが、非常に重要な点なので再度確認するんですが、選手が「相手のQBがけがをして秋の試合に出られなくなったらこっちの得だろう」という発言をされたとおっしゃっていますが、先ほどコーチは損得の話はしていないというように(発言)していますが、重要なのはけがを、相手のけがを示唆するような発言が重要だと思うんですね。相手のQBがけがをするようなことを示唆する言葉、つまり「けが」という言葉を使ったんでしょうか。
「……」──刑事告訴された場合に非常に重要な点になると思うんですけれども。
「『けが』という言葉を正直どの場面で使ったかというのは覚えてません。その言葉だけ彼に単体で伝えたというわけじゃなくて、本当に長い言葉で彼にいろいろ話をしていた中で、それが目的じゃ……負傷させることが目的じゃないんですが、そのような過激な表現をしたということは、あの、事実です」──「けが」という言葉を使ったということですね。
「いえ、あのそこが、正直なところ、『けが』という言葉を使ったか使っていないかというところは、正直僕は覚えておりません」──「覚えてない」んですね、回答は。否定もしないということですね。
「はい、覚えておりません」youtu.be
(1時間11分2秒頃から)
以上のやり取りからみても、事実関係をただすにもこれだけの問答を尽くしてなおあいまいでよく分からない、ということが記者会見の場では往々にしてある。そもそも人間の会話というのは一問一答で深い話が出てくることがまずないのは、普通の人でも経験上分かるのではないだろうか。
一問一答で何か決定的な事実を引き出すというのは、毎回毎回ホールインワンをしろというようなもの。そもそもナンセンスな要求だと思う。1人がずっと質問し続けたら時間がなくなるというのはそうだと思うが、そこは紳士協定に任せるしかないだろう。
問題3 質問者の乱立
テレビ偏重は残念
質問者の乱立もまた会見の特徴だった。同じ放送局の異なる番組からそれぞれキャスターやリポーターを派遣し、質問させるのが目立った。NHKが1人、日本テレビ系(読売テレビ含む)が5人、TBS系が3人(CBC含む)、テレビ朝日が1人、フジテレビが4人、テレビ東京が1人、TOKYO MXが1人で、新聞や雑誌の記者には指名がなく、また放送局からの質問者でもラジオ番組からの派遣はなかった。
媒体がさまざまあるのは、それぞれに伝え方の得手不得手があるからで、同じ報道でもその切り口は異なる。多様な媒体の記者からの質問を聞きたかったところだ。せめてラジオ、新聞、雑誌の記者が1人も質問できないのは異常だ。
質問者を無制限に広げることの弊害は確かにある。東京電力の記者会見で主に反原発派のフリーランス記者が、質問の形を借りて事実上アジテーションとしか言えないような演説を長々とぶつこともある。またテレビ朝日記者が財務省幹部からセクハラ被害を受けた問題について、フリーランスのカメラマンが民進党代表の記者会見で被害記者の実名を挙げたこともあった。
組織の後ろ盾がない自由を不当に行使する「ジャーナリスト」も残念ながら存在する中で、ある程度、記者クラブ側が自主的に質問者を限定するという判断はあり得るのだろう。
ただ今回はそうした問題とは全く別問題である。
ワイドショーの存在意義
なぜ各番組からリポーターを派遣し、それぞれ別に取材するのか。番組間で素材をやり取りできないなどの内輪の論理は内輪で解決していただきたいとして、あえて視聴者にとっての利得がないのかという観点で考えてみたい。
ワイドショーは視聴者の習慣となることが目標でもあり強みでもある。いつも見ているあの人が現場で取材をしているから、そのニュースへの親近感や臨場感を感じられるという理屈である。実際、加害選手会見に関する報道でも、ワイドショー各番組はリポーターが質問する様子もしっかり映像に収めて、選手のコメントとセットにして放送していた。
本来、それぞれの番組から質問者を出す意味は、それぞれの番組によってそのニュースの取り扱い方が異なる時に生じるものだが、実際はテレビ的・ワイドショー的な手法がある程度パターン化されて、多様さが薄い。「どのチャンネルをどの時間に付けても同じ」というマスメディア側の演出法の貧しさが際立つ。
編集前提の質問者の存在はライブと相性が悪い
質問者側は、それぞれ自分の番組で視聴者に対して最も効果的に伝わるような編集がなされることを前提に、編集パフォーマンスをより良くするために質問をする。その一つが「質問者の質問によって選手の応対に変化が生じる」という構成だ。いわゆるお涙頂戴の質問によって、選手が声をつまらせたり、表情を変えたりすれば一連の映像が一つのパッケージとして「使える素材」になるわけだ。
ただこの在り方は「ライブ」と相性が悪い。日中のタイムテーブルのほとんどをワイドショーが占めるようになり、インターネットでの中継配信のプラットフォームも整備されたいま、重要な会見は全編生中継されることも増えた。すると、編集のことを考えていいとこ取りしようとしている質問者ばかりが乱立すると、全体としてバランスを欠き視聴者にとっては不満足な結果になってしまう。
問題4 質問内容の質の低さ
事実を他媒体に依拠するワイドショー
問題3の続きになるが、ワイドショーの構造的問題としてもう一つ大きいのが、事実関係を他媒体に依拠する点である。
ワイドショーでは最近、大きなボードに事実関係を図などで表したものを使ってプレゼンするように伝える手法が主流になっている。長編のVTR映像からスタジオでの解説やトークに重心が移ってきたことになる。
この影響で以前からあった新聞・雑誌報道の引用がさらに増えた印象がある。元々取材要員の少ないワイドショーだから自前取材に限りがあるのは理解できるが「細かい事実関係は他紙を引用すればいい」という安易な意識があるとすれば、記者会見で事実関係に関する質問が少なく、印象論的な問いが増えてしまう背景にもなっているのではないか。
本記に書ける事実があったか
例えば新聞なら、会見内容に原稿に文字として落とし込んでいかなければならない。表情や話し方の変化を言語化することもあるが、それだけで記事は埋まらない。
新聞記事にはいくつかの類型があり、中でもニュースの骨格的な事実を淡々と書くのが「本文記事(本記)」と言われるものだ。加害選手の会見では最初に代理人弁護士や本人から事実関係の説明がかなり詳しくあった。だがそれだけでは分からないこともあっただろう。もし記者の質問によって新たな事実が分かれば、本記に書き込める。本記に書き込めるということは、見出しに立てられる可能性もある。
今回の会見では、CBC「ゴゴスマ」の奥平邦彦リポーターが事実関係の確認にほぼ時間を割いたほか、フジテレビ「プライムニュースイブニング」の木村拓也フィールドキャスターの質問が、それ自体は印象論的な内容だったものの、監督からの直接のコミュニケーションはほぼなく、ほとんどはコーチを経由した指示だったということを引き出し、部内のコミュニケーションの実態を明るみにした。
そして話題にもなったが「TOKYO MX NEWS」の有馬隼人キャスターの「笛が鳴っているのは聞こえたか」という質問も、アメフット部出身らしい適確な質問だった。
TBS「ビビッド」上路雪江リポーターの「反則は暴力と受け取られても仕方ないと思うか」という質問も、本人による回答を代理人弁護士が制して、弁護士が民事・刑事上の責任を追及される可能性を認識していると明言したという点で良い質問だったと思う。
こうした「事実」に関する部分は新聞や雑誌の専門記者にも質問の機会を与えていたならもっと豊かな視点で掘り下げられたのではないかと思う。
まとめ
加害選手の会見後、日大側が立て続けに会見を開いた。この時は新聞の記者も質問の機会を与えられ、事実関係の追及も増えた。これは批判に応えたというよりは、被害者的側面のある選手と、全面的に加害者的側面が強い指導者・大学側とではマスコミ側の態度が異なるというだけだと思う。
別にワイドショーが全て害悪だとは思わない。ワイワイ無責任にああだこうだやることも、テレビの娯楽としての機能がないわけではないと思う。ただ記者会見を生中継で見て、事実を知りたいと思う知的好奇心にあふれた視聴者にとって、邪魔な存在となることも多い。
要はバランスと多様性である。「なるほど、その手があったか」と思わせるような質問を見たい、という視聴者も少なくないと僕は信じている。
資料
質問者と質問要旨一覧
加害選手会見の質問者を質問順に並べると次のようになる。
- NHK「ニュース7」高井正智キャスター 自身にとって監督やコーチはどんな存在か▽今回の件でその見え方に変化はあったか▽いま監督やコーチに伝えたいことはあるか
- 読売テレビ「ミヤネ屋」中山正敏リポーター どこで判断を誤ったと思うか▽関学QBは謝罪を受け入れたか▽これまで部内で同様の件はあったのか
- フジテレビ「とくダネ!」伊藤利尋キャスター 試合直後には大変なことをしたという思いがあったのか▽監督の指示が自身のスポーツマンシップを上回った理由は▽監督やコーチは怖い存在だったか
- 日本テレビ「スッキリ」大竹真リポーター 監督・コーチの指示は「潰せ」という内容一つだったのか▽「潰せ」の意味がけがをさせることだと捉えたということでよいか▽指導側との乖離はないと考えるか▽指示を拒否したらどうなったと思うか
- 日本テレビ「NEWS ZERO」小正裕佳子キャスター 自身にとってアメフットはどんな存在か▽その気持ちはどう変化したか▽アメフットがあまり好きではなくなったのはなぜか▽今後どのように過ごすのが望ましいと考えるか
- フジテレビ「プライムニュースイブニング」木村拓也フィールドキャスター 監督の会見にどんな印象を持ったか▽日頃から監督の指示に否定できない空気だったのか▽「厳しい」指導の中に「理不尽」はあったのか▽監督・コーチに信頼はあったか
- 読売テレビ「ミヤネ屋」春川正明解説委員 反則後に同輩や先輩から監督・コーチの責任を指摘する声はあったか▽それを聞いてどう思ったか▽もう一度アメフットをしてもいいのでは
- CBCテレビ「ゴゴスマ」奥平邦彦リポーター コーチから「できませんでしたじゃすまされないぞ」の発言があったのか▽それはコーチからの念押しと捉えてよいか▽コーチはいつもそんなことを言う人物なのか▽その声を他に聞いている選手がいるか▽口止めはあったか▽今回の会見の開催を日大側はどこまで把握しているか▽コーチや監督と今後会う機会はあるのか▽退部届は出してまだ受理されていない段階か▽新たなチームやメンバーに一言を
- テレビ東京「ゆうがたサテライト」池谷亨キャスター 今回の件で勉強になったことは何か
- テレビ朝日「モーニングショー」岡安弥生リポーター 振り返ってみてあの時に違反行為をしない選択肢はあったか▽なかったと思うのはなぜか▽今思ってみてもあのときはやっていたということか
- フジテレビ「グッディ!」広瀬修一フィールドキャスター 在るべき指導をどう考えるか▽同じことを繰り返さないために今後の世代に伝えるべきメッセージがあるのではないか▽指導側に求めることは
- 「TOKYO MX NEWS」有馬隼人キャスター 反則プレー時に審判の笛は聞こえていたか
- TBSテレビ「あさチャン!」藤森祥平キャスター 反則直後の気持ちは▽交代後に言われた「優しすぎるからだめなんだ」の言葉をどう受け止めたか
- 日本テレビ・キクチ記者? 監督や日大側の態度をどう思うか▽監督や日大の対応に関学側への謝罪の意思を感じるか▽「潰せ」という指示は普段からあるのか▽プレッシャーは突然のものか入学以来のものか▽(突然と答えたが)その理由は▽「やる気がない」ように見える理由に心当たりは▽監督は具体的指示はコーチを通じて行うのか▽今回のコーチからの指示も監督の指示と認識か
- TBS「ビビッド」上路雪江リポーター 反則はスポーツの中の行為か暴力と言われても仕方ないと思うか▽監督の辞任はチームのためになると思うか▽監督に裏切られたとの思いはないか
- フジテレビ・カワムラ記者? 被害届が受理されたことをどう思うか