2021年の年間読了冊数は114冊でした。ことし読んだ本の中から、新刊を中心に印象的なものを振り返っていきます。
労働=働き方は本当に変わるのか、変えるのか
雇用や働き方の多様化が叫ばれる一方、制度や体制の変化は思うようにフレキシブルなものへとはなっていないような感覚があります。まずはそんな時代に読まれる価値のある雇用・労働関連3作をご紹介します。
濱口桂一郎『ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機』(岩波新書、9月発売)が光りました。新卒一括採用、終身雇用、転勤と異動を繰り返す会社員人生、男女のキャリア格差、ハラスメント、等々の日本の労働社会をめぐるモヤモヤを、雇用契約の形態である「ジョブ型」「メンバーシップ型」の対比の中で整理しています。
もしメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へ本気で社会が転換するならば、仕事単位での労働市場が形作られることになるのでどの会社に入っても同じ仕事である限り待遇はほぼ同じです。また、契約を結ぶ時点でその仕事に見合う能力はあると判断されるので、利益・成果を判断しにくい仕事でも頑張って査定を行おうとする日本の慣行はなくなっていくのでしょう(つまり「ジョブ型=成果主義」は成立しない)。
さらに異動と転勤を繰り返していくのとは違う働き方がもっと増えていくのだと思います。長らく周縁的な環境でしか職を得られなかった女性、高齢者、障害者、外国人の労働市場参加も豊かになっていくかもしれません。
しかし労働者側はもっと給料が欲しいのであれば自力でジョブ自体を変えていかなければならないので、職業訓練は社内OJTではなく社外に求めていく必要があります。おそらく大学を出ただけで社会人経験のない人が新卒で相応の職を得るのは難しくなるでしょう。職種ごとの待遇格差もよりはっきりしていくので、社会統合は難しくなるかもしれません。
本書の整理を踏まえたうえで、改めて日経新聞の記事などに立ち戻ると、先進例としてメディアに登場する日本企業の「ジョブ型」を標榜する制度は、結局のところこれまでの「メンバーシップ型」に無理やり成果主義を導入してきた日本的労働慣行の歴史を延長するものでしかないように見えます。
同じ岩波新書から出た木下武男『労働組合とは何か』(3月発売)は、ジョブ型、メンバーシップ型という言葉自体は使われていないものの、問題意識に共通性が見られます。正社員だけしか守らない、御用組合、的なイメージの強い日本的労働組合を批判し、立ち返るべき理想像として著者が提示する「世界標準のユニオニズム」は濱口の言うジョブ型雇用社会を前提とした社会です。
後半では日本での「世界標準のユニオニズム」の達成例として、全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部(関生支部)の取り組みが紹介されています。この紹介は、ジョブ型雇用社会は労働者側が運動によって作り上げるものだという著者の主張を補強するもので、示唆に富む例です。日本全体でこの動きが広がる可能性は絶望的と思いましたが、いま・こことは別の社会を知るという意味で刺激的な本です。
川上淳之『「副業」の研究 多様性がもたらす影響と可能性』(慶応義塾大学出版会、3月発売)は日本の副業の実態についてさまざまな調査データをもとに実証・分析した本です。日本で副業をしている人が、高いスキルを持つ専門職層と、一つの仕事では十分に収入を得られない層とに二分されていることがまず示されます。
政府などは副業を奨励する根拠として、異分野の経験をすることによるイノベーション増加を挙げていますが、本書の分析によれば副業によって本業のパフォーマンスを高めるのは、分析能力や思考力を要するタスクを必要とする職種に限られるとのこと。収入補填のための副業ではスキルは向上しないとのことで、厳しい現実が突き付けられた思いです。
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