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「山口メンバー」の理由は陰謀論ではない──事件報道の呼称ルールを振り返る

2018年4月25日

 アイドルグループTOKIOの山口達也さんが、女子高校生への強制わいせつの疑いで警視庁の調べを受け、東京地検に書類送検されていたことが25日午後、NHKの報道を端緒に明らかになりました。

◎TOKIO 山口達也メンバー 強制わいせつ容疑で書類送検
NHKニュース 4月25日 18時37分

人気グループ「TOKIO」の山口達也メンバーが自宅マンションの部屋で女子高校生に無理やりキスをするなどの行為をしたとして、警視庁は強制わいせつの疑いで書類送検しました。
捜査関係者によりますと、「TOKIO」の山口達也メンバー(46)はことし2月、東京・港区の自宅マンションの部屋に女子高校生を呼び出し、無理やりキスをするなどのわいせつな行為をした疑いが持たれています。
これまでの調べによりますと、女子高校生とは仕事を通じて知り合い、部屋に入ると酒を飲むように勧めたということです。
捜査関係者によりますとこれまでの事情聴取に対して事実関係を大筋で認めているということで、警視庁は強制わいせつの疑いで書類送検しました。
関係者によりますと山口メンバーの所属事務所と被害者側が話し合った結果、被害届を取り下げる手続きを行ったということで、今後、検察が調べるものとみられます。

 この時、多くの報道機関が「山口達也メンバー」のように山口さんの肩書を「メンバー」として伝えたことから、SNSでは「一般人なら容疑者呼称なのに事務所の圧力がかかった(あるいは事務所に忖度した)のでは」といった趣旨の投稿が相次ぎました。

 結論から言うと、今回の「メンバー」呼称は、特例的な措置ではなく通常の手順を踏まえて行われたものに過ぎず、陰謀論めいた言説につなげるのは早計です。

そもそも一般人なら匿名報道案件

 各紙の報道によれば今回山口さんは逮捕されておらず、警視庁による聴取は任意捜査として行われたものとみられます。

 そこで報道機関が公刊している基準集のうち最も詳しく、また全国の地方紙などでも使われている共同通信の「記者ハンドブック」(第13版第1刷、2016.3.24発行)を参照してみましょう。「人名、年齡の書き方」の章に「名前を伏せる場合」という項目があります。ここでは次のように書かれています。

 【基本的な考え方】国民の知る権利に応えるためニュースは実名で報道するのが原則だ。しかし法律の規定がある場合や、書かれる人の名誉やプライバシーを傷つける恐れのある場合は例外的に匿名にする。
(537ページ)

 この後具体的に、匿名にするケースを列挙していますがその5項目目が次のようになっています。

 参考人、任意調べ段階、別件逮捕の場合(内容の重大性または有名人などニュース価値によっては実名敬称・肩書もあり得る

 つまり今回の事件に当てはめると、山口さんは任意捜査の段階なので、一般人ならば匿名報道で済ませるものですが、有名人であることや、疑われている犯罪行為の悪質性などを考えて実名報道となったわけです。

 ここでいう悪質性は、強制わいせつという重い罪の容疑であることや、被害女性が仕事で知り合ったこと、さらに未成年の被害女性に飲酒を勧めたこと、などでしょう。読売新聞はさらに「同庁(筆者注:警視庁)は送検にあたって、最も重い「厳重処分」の意見を付けた」(読売新聞サイト2018年4月25日21時17分「TOKIOの山口達也容疑者、強制わいせつ容疑」)としており、こうした取材の結果も踏まえている可能性があります。

 ここまでのおさらいですが、一般人なら匿名報道にしている案件を実名で報じている時点で「一般人にはしない配慮をタレントにしている」という見方は的外れと言えます。

「容疑者」呼称は逮捕後が一般的

 では実名報道にする場合の呼称についてはどうなのでしょうか。先ほどの引用では「実名敬称・肩書もあり得る」とありました。では「敬称」「肩書」とは何なのでしょうか。

 共同通信は「敬称は原則として『氏、さん、君、ちゃん』を使う」(536ページ)としています。また肩書については具体的な定義を直接書いているものはありませんが、「二つ以上の肩書を書く場合は①職名②官名③学位④位階⑤勲等─の順とする」(534ページ)としているのでこれらが肩書に当たるものと言えるでしょう。

 では犯罪報道でよく聞く「容疑者」とは何なのでしょうか。こちらは「事件、事故報道の呼称」という項目に記載があり、次のように書かれています。

 報道は実名を原則とし、被疑者の氏名の後に「容疑者」の呼称を付ける。被疑者の法律的立場を明確にするのが目的で、凶悪事件や現行犯逮捕についてもこの原則を適用する。犯罪の態様によっては「肩書」「敬称(さん・氏)」も併用する。
(539ページ)

 この「法律的立場」というのがミソになります。刑事訴訟法197条では「捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し、強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない」とあり、任意捜査の原則を掲げています。「容疑者」呼称は、被疑者が強制捜査の対象として法の保護の下にあることを示しているわけです。

 以上を踏まえて共同通信は実際の運用を以下のように決めています。

 1 逮捕段階から起訴時点まで各記事の初出時は、氏名の後に「容疑者」を付ける。ただし事件の内容などによって初出後は「肩書」の併用も可。
〔注〕犯罪被疑者(別の事件・事故の被告を含む)に逮捕状が出てから指名手配、逮捕、送検までは「容疑者」。(略)
 2 実名を出す場合の任意調べ、書類送検、略式起訴、起訴猶予、不起訴処分は「肩書」または「敬称(さん・氏)」を原則とする。
 3 起訴後から、公判段階は「被告」とする。「肩書」も使う。
(539~540ページ)

 つまり今回の山口さんの例では、強制捜査に至っていないため「容疑者」呼称は使えず、「肩書」か「敬称」で報じることになるわけです。少なくとも芸能人だからとか、ジャニーズ事務所所属だから「容疑者」呼称を回避したのではないということがお分かりいただけたのではないでしょうか。

芸能人以外の「容疑者」回避事例

 では芸能人以外で実際に「容疑者」呼称が回避された例を見てみます。

 まずは13年前に起きたJR福知山線脱線事故の業務上過失致死傷容疑での書類送検。経営幹部と亡くなった運転士は、逮捕されていませんが、書類送検時に「実名+肩書」で報じられています。

◎社長ら10人、業過致死傷容疑で書類送検 起訴は年内に判断 JR西脱線
朝日新聞 2008年9月9日付朝刊

乗客106人が死亡し、562人が負傷した05年4月のJR宝塚線(福知山線)の脱線事故で、兵庫県警は8日、JR西日本の●●●●社長(65)ら歴代幹部9人と事故で死亡した●●●●●運転士(当時23)の計10人を業務上過失致死傷容疑で神戸地検に書類送検した。列車の運行や安全管理を担う幹部が過失責任を問われるのは異例。地検は年内をめどに起訴の可否を判断する。

(筆者注:氏名は筆者の判断で伏せ字にしました)

 次に2000年の当時のプロ野球西武投手が、免停中に乗用車を運転し、球団職員が身代わりで出頭した事件。投手も職員も双方が、逮捕はなかったものの書類送検されており「実名+肩書」で報じられています。

◎●●投手を書類送検へ 免停中に駐車違反、職員が出頭 警視庁
朝日新聞 2000年10月13日付夕刊

プロ野球西武ライオンズの●●●●投手(二〇)が、免許停止中に乗用車を運転したうえ駐車違反し、身代わりとして球団の●●●広報課長(三九)が出頭したとして、警視庁交通捜査課と大塚署は十三日、●●投手を道路交通法違反(駐車違反、無免許運転)の疑いで、●●課長を犯人隠避の疑いで、それぞれ東京地検に書類送検する。

(筆者注:既に18年がたった、それほど重い罪ではない事件ですので投手、職員とも筆者の判断で氏名を伏せ字にしました)

 さらに2008年の船場吉兆産地偽装事件では、同社の幹部が書類送検されていますが、こちらも「実名+肩書」です。

◎船場吉兆元社長ら書類送検 牛肉産地の虚偽表示容疑
朝日新聞 2008年6月27日付朝刊

廃業した料亭「船場吉兆」(大阪市中央区)が、九州産牛を使った牛肉みそ漬けなどの贈答商品を「但馬牛」などと偽ったとされる産地偽装事件で、大阪府警は26日、同社の●●●●元社長(74)と長男の●●●元取締役(45)、法人としての同社を不正競争防止法違反(虚偽表示)容疑で大阪地検に書類送検した。

(筆者注:10年がたった事件ですので実名は伏せ字にしました)

 以上のように、特にタレントでなくてもその時々の判断で、任意捜査段階での実名報道の場合は「容疑者」呼称はされていないことが分かります。

「メンバー」という不自然な肩書

 ここまでで、今回の事件で、「容疑者」を使わず肩書を用いた呼称にした判断の妥当性は理解いただけたのではないかと思います。しかしそれでもモヤモヤしてしまうのは「山口メンバー」という不自然な肩書だからでしょう。「メンバーの山口(さん)」とは日常でも使われますが「山口メンバー」はまずないでしょう。

 そもそも「メンバー」という肩書が使われた最も有名な例は、SMAPの稲垣吾郎さんが2001年に公務執行妨害などの疑いで逮捕、その後釈放され在宅捜査に移った段階で使用された「稲垣吾郎メンバー」です。さらに2004年にタレント(当時)の島田紳助さんが吉本興業の社員を暴行した疑いで書類送検された時は「島田紳助・所属タレント」「島田紳助司会者」などの表現もあったそうです(この2件については、読売テレビ道浦俊彦アナウンサーの連載「平成ことば事情」の「ことばの話426『稲垣メンバー』」「ことばの話1960『紳助所属タレント』」)に詳しいです)。

 耳になじまない肩書が採用されたのは、ひとえに「それくらいしか肩書がない」ということでしょう。会社組織の一員であれば役職を付ければいいし、「弁護士」のような専門職の人なら職名を付ければ良いわけですが、タレントにそうしたものはありません。そこで無理やり「メンバー」「所属タレント」「司会者」などを充てたということでしょう。

 ルール上では敬称「さん」「氏」でもいいわけです。ただ稲垣さんの事件後の、朝日新聞「報道と人権委員会」でタレント被疑者の呼称が議論になった際、こんなやりとりがあったようです。

 しかし最近、呼称の使い方に「違和感がある」と読者から指摘された例がある。
 人気グループSMAPの稲垣吾郎さんが8月、公務執行妨害などの疑いで現行犯逮捕された事件で、逮捕時や起訴猶予となった時に「容疑者」という呼称を何回か使った。これに対し「事件の程度に比べて厳しすぎる」という声が寄せられた
 不起訴、起訴猶予の場合には敬称や肩書をつけるのが朝日新聞の指針の原則だが、この例では現行犯逮捕で本人も容疑を認めていることなどから、猶予でも「容疑者」とした。肩書をつければ印象は和らぐが、「○○タレント」の表現にはなじみがない。一部のテレビ局は「メンバー」という呼称を使ったが、これも不自然だった。
 一方で昨年秋、女性を盗撮したとしてタレントの田代まさしさんが事情聴取された。任意聴取だったので指針通りに「田代さんが盗撮容疑」と報じたところ、逆に「悪いことをしたのになぜ敬称か」という批判が寄せられた
(略)
 原(筆者注:原寿雄委員・元共同通信編集主幹ジャーナリスト) 田代さんの敬称つきは甘いと感じ、稲垣さんの「容疑者」扱いは厳し過ぎるという声は、報道の仕方以前に警察の姿勢に対する疑問が下敷きになっている。盗撮では逮捕された人もいたのに、今回逮捕しないのはなぜ、という感覚があったのではないか。
(2001年11月24日付朝刊掲載)

 つまり「さん」付けでは、加害者感が薄いということですね。推定無罪の原則からすれば、それでもいいじゃないかとも思いますが、同じ匿名でも被疑者側を「男」、被害者側を「男性」と書き分けるように、やはり被疑者なのはどちらかを何らかの形で示したほうが、記事がすっきりするという面はあると思います。善し悪しは別として。

今回の事件の各社の対応

 では改めて、きょうの報道での各社の対応を確認しておきましょう。次のように分かれました。

  • 「山口達也メンバー」……朝日、毎日、日経、産経、共同、時事、NHK、JNN、NNN、FNN、ANN
  • 「山口達也容疑者」……読売

 読売だけは「容疑者」を使いました。先ほどリンクした道浦俊彦アナ連載の紳助さん事件でも、社によっては書類送検段階で「容疑者」を使った社もあり、やはり各社がその時々で判断をするということなのでしょうね。

  詳しくは下記記事で検証しました。

TOKIO山口さん書類送検、各紙報道を検証
山口達也さん書類送検を報じる26日付各紙。左上からサンスポ、ニッカン、中スポ、左下から京都、読売、朝日。  アイドルグループTOKIOの山口達也さんが書類送検さ…
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