京アニ事件犠牲者全員公表で各紙は

2019年8月29日
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28日付各紙から

 京都アニメーション放火殺人事件で京都府警は27日、明らかにしていなかった犠牲者25人の身元を公表し、これで全犠牲者35人の身元が判明しました。28日付の朝刊各紙は身元を報じるとともに、一部の犠牲者については京アニでの活躍や遺族の声などを紹介するとともに、今回の府警の対応の是非や実名報道の意義、さらにはメディアスクラムを防ぐための取り組みなども伝えています。

 特に京都新聞は、府警が「公表拒否」とした複数の遺族が「拒否していない」と証言していることを伝えており、遺族の意向とは何か改めて考えさせる報道になっています。

 以下、朝刊各紙の報道内容を採録し、議論の助けにしていただきたいと考えます。入手紙は朝日、毎日、読売、産経、日経、京都、中日、東京、神戸、大阪日日の10紙です。いずれも最終版で全国紙は大阪本社発行分です。2日に先行して10人が公表された際の各紙比較は以下リンクからご覧いただけます。

犠牲者の身元情報、紹介記事

 犠牲者の一覧を1面に掲載したのは朝日、毎日、読売、産経、京都、中日、東京、神戸の8紙で、東京以外は2日に公表された方もまとめて掲載しました。また市区町までの住所も併記したのは朝日、毎日、京都、神戸です。

 1面の一覧で住所を掲載しなかった8紙のうち読売、産経も社会面で、個別記事として紹介した人を除く今回公表分の犠牲者について、人となりを3文以内で紹介した一覧表や箇条書き記事を掲載しており、ここで市区町までの住所を載せています。

 日経は本記を社会面に掲載しており、隣に犠牲者一覧を市区町までの住所付きで掲載しています(2日公表分含む)。

 また東京、神戸、大阪日日は各犠牲者の人となりを短文で紹介する一覧図を社会面などの中面に掲載し、この中で市区町までの住所を併記しています。ただし人となりの紹介は今回公表分25人のうち23人分で、神戸はさらに2日公表分の方々も同様に掲載しています。いずれの紹介も共同通信配信とみられます。

 京都新聞の人となり紹介は短文にとどまらず、それぞれの犠牲者によって分量に差はあるものの全犠牲者35人分について、見開き2個面を広告も取っ払ってすべて使って紹介しています。

府警の公表理由

 本記では京都府警が実名公表した理由についても触れており、特に西山亮二捜査1課長の実名付きでコメントを紹介しているものが多数あります。本記から捜査1課長のコメントとしてカギ括弧で書かれているものを抜き出します。

  • 朝日 「事件の重大性、公益性から判断した。報道機関や一般の方も非常に関心が高く、身元を匿名にするといろんな臆測も広がり、間違ったプロフィルも流れる。亡くなった方やご遺族の名誉が傷つけられる」
  • 毎日 「事件の重大性や公益性などから判断した。匿名にすることで臆測が飛び交い、間違った情報が流れる懸念もある」
  • 読売 「社会的関心が高く、重大性や公益性などから、判断した。遺族への説明を尽くしたと考えている」
  • 産経 「事件の重大性に加え、社会的関心が非常に高く公益性があるため、公表した方がいいと判断した」
  • 日経 発表に踏み切った理由として「事件の重大性や公益性」を挙げた。社会的関心の高さに加え「匿名にするといろいろな臆測が飛び交い、亡くなった方や遺族、周囲の方々に影響がある」と説明した
  • 京都 「事件の重大性、公益性を考慮し、実名で公表する方がいいと判断した。匿名にすると、いろんな臆測が飛び交い、犠牲者や遺族の名誉が著しく傷つけられる」
  • 共同電(中日、東京、神戸、大阪日日) 「事件の重大性に加え、社会的関心が非常に高く公益性があるため、公表した方がいいと判断した」と述べた。また匿名にした場合、臆測の情報が流れ、誤った氏名や経歴が広がり犠牲者や遺族の名誉が傷つけられる他、報道機関の取材対象が広範囲に及ぶなどの懸念があるとしている。

報道側の配慮の取り組み

 京アニ事件の関連取材は報道側も特段の配慮に取り組んでいることが明らかにされています。

 京都3面によるとメディアスクラムを防ぐために、府警記者クラブ加盟各社が今回の公表に先立ち、遺族の取材意向確認は代表社が行う▽代表社以外の記者は自宅から離れた場所で待機する▽取材に応じてくれた場合でも話を聞く記者数は遺族の意向を反映させる──などの方策を取り決めたとのことです。朝日2社面によると、遺族取材の意向を尋ねる代表社は新聞・通信社とテレビの各1社です。

 また毎日2面によると毎日は、取材時に遺族や関係者に十分配慮するよう独自の指針を定めたとしています。

 この他、毎日は実名を原則としつつも、事件事故の経緯や社会の変化を踏まえて議論し、匿名報道とした例もあるとして相模原障害者殺傷事件の報道についても説明。神奈川県警が身元を発表しなかった方のうち「取材で氏名を把握した犠牲者も、障害者差別に苦しんできた遺族とのやり取りを踏まえ、匿名報道を続けている」としました。(毎日2面)

複数遺族「公表拒否せず」と京都

 京都府警が実名公表を拒否しているとした複数の遺族が、京都新聞の取材に「拒否していない」と回答し、中には「府警には最近、積極的に氏名を公表してほしいと伝えている」「警察から意見を聞かれたことはなかった」と証言する人もいると1面で報じています。

 京都は「一つの遺族内で意見が分かれるケースがあっても不思議ではない。警察が示してきた『遺族の意向』とは何を意味するのか。実名公表のあり方を含め、丁寧な検証が必要だ」と指摘しています。


https://kyoto-np.jp/top/article/20190827000156

 今回の公表に合わせて、犠牲になった石田敦志さんの父基志さんが記者会見を開き「息子は35分の1ではない。私たち残った者にとってできることは多くの人に記憶していただくこと。石田敦志というアニメーターが京アニに確かにいたことを、どうか、どうか忘れないでください」と訴えました。(京都1社面)

過去事件の遺族は

 一部紙は、過去に事件事故で家族を失った方々にも実名の公表や報道に関して意見を聞いています。

 JR福知山線脱線事故で長女を失った兵庫県三田市の男性は、長女の写真を報道機関に提供した後、ネット上で容姿をやゆしたり死をおとしめたりするような書き込みを目にした経験があり「ネット人口は増えている。信ぴょう性のない情報がもっと出回ることもある」と懸念を示しました。一方で実名報道によって、娘の友人と知り合うことができるなど第三者との交流も生まれたほか、遺族が意見を発信し続けることで安全重視の社会形成につながったという思いもあるそうです。(毎日2面)

 相模原障害者殺傷事件では神奈川県警が当初被害者全員を匿名発表としましたが、長男が一時意識不明になる重傷を負った男性は毎日の取材に「障害を隠したことは一度もなく、それを否定しないでほしい」と話し、男性らの意向を受けて県警が一部公表に方針転換した事例を伝えています。(毎日2面)

 2012年に京都府亀岡市で集団登校の列に暴走車が突っ込んだ事故で、次女を亡くした父親は、けがで入院した長女には報道を見せないようにしようとしたことを明かし、他の遺族の中にも「報道で名前を見ると、家族が亡くなった現実を突きつけられてつらい」と話す人がいたと述べています。(京都3面)

 少年犯罪被害当事者の会代表の武るり子さんは、プライバシー侵害や取材攻勢を恐れて匿名を望む遺族の気持ちを「よく分かる」とする一方で、実名報道が必要なケースもあると指摘しました。他校の生徒の暴力で高校生だった息子を失った時に「因縁をつけられ理由なく殺されたのに、匿名で、けんがが理由と報じられた。その結果、『長男にも落ち度があった』という印象を世間に持たれた感じがした」といい、息子の氏名を報道各社に公表し「一方的な暴行だったと報じられたことで長男の名誉を守れた」としています。(京都3面)

 この他、1996年に長男を殺害された兵庫県明石市の女性は「京アニ事件の被害者や遺族を傷つけたら申し訳ない」とした上で「マスコミは亡くなった方がいかに生きたか伝えてほしい」と遺族取材の重要性を訴え、「取材のタイミングは配慮すべきだが(略)今は話ができない遺族でも、節目で考えが変わることもあるかもしれない」と語っています。(神戸3社面)

識者談話

 今回は被害者の実名報道の是非に加え、公表に時間が費やされたこと、府警が被害者遺族に実名の公表や報道、取材の諾否を聞き取りマスコミ側に示していることの是非についても議論の焦点となっています。これらについて朝日、大阪日日を除く各紙は識者の見方を掲載しています。識者の五十音順で引用します。

浮田哲・羽衣国際大学教授(メディア論)

事件の情報、社会で共有必要

 浮田哲・羽衣国際大教授(メディア論)の話 警察による情報管理は必要な情報が恣意的に隠される可能性がある。再発防止などにつなげるため、事件内容や被害者の情報は原則として社会で共有し、扱いは報道機関に任せるべきだ。警察が情報を公表しない時間が続いた今回の事態を前例にしてはいけない。

 報道機関への視線は厳しく、行き過ぎた取材から被害者らを守るべきだとの意見も多い。信頼を得るため、普段から事件や事故を報道する際の指針を示す必要がある。

日経2社面
大岡由佳・武庫川女子大学准教授

 被害者支援に詳しい武庫川女子大の大岡由佳准教授は「中傷被害を防ぐためには、報道機関は紙面で実名報道したとしても、場合によってはネット記事は匿名にするなどの対策が必要ではないか。ネット利用者の倫理も高めないといけない」と指摘する。

京都3面
小黒純・同志社大学教授(ジャーナリズム研究)

 メディアスクラム(集団的過熱取材)などの被害について、小黒純・同志社大教授(ジャーナリズム研究)はメディアも反省すべきだと考える。小黒教授は「被害者や遺族が公表を嫌がる理由を受け止めるべきだ」と指摘。「悲しみの中で報道陣に集団で取材されることが嫌なのか、氏名が出ること自体が嫌なのかをよく考えるべきだ。もし前者なら自宅取材を控えるなどの工夫をし、取材方法を説明するべきではないか」と話した。

音好宏・上智大学教授(メディア論)

 京都アニメーションの有名なクリエーターの方々が犠牲になったことは公益性のある情報で、原則は実名で報道すべきだ。京都府警はその意義を理解した上で遺族と連絡を取り、発表のタイミングを慎重に考えてきたのだろう。家族だけで悲しみと向き合う場は必要で、取材には一定の時間を置くという選択肢も入れるべきだ。遺族感情に配慮した府警の対応は理解できる。実名を原則としつつ、市民感覚に合った報道を考える段階に来ている。

共同電(京都3面、神戸3社面)
田島泰彦・元上智大学教授(メディア法)

 田島泰彦元上智大教授(メディア法)は「重大事件を検証する上で、被害者がどのような人物で何をしていたかは非常に重要な要素だ。市民社会として記憶を共有し、今後の教訓とするためにも実名を明らかにしなければならない」と話す。

共同電(神戸3社面)
田村正博・京都産業大学教授(元警察大学校校長)

元警察大学校長で京都産業大の田村正博教授は「集団的過熱取材(メディアスクラム)の影響が社会に浸透し、被害者や遺族の心情を無視して実名公表することは許されなくなった」と指摘する。

共同電(神戸3社面)
塚本晴二朗・日本大学教授(ジャーナリズム倫理)

判明時点で公表を

 日本大の塚本晴二朗教授(ジャーナリズム)の話 社会的影響が大きい事件は歴史的資料として事実を残す必要がある。実名か匿名か判断する基準を作るのが難しい以上、実名とすべきだ。本来は身元判明の時点で公表するのが原則。警察に時期を含めて判断を任せると、都合の悪い情報を抱え込む恐れがある。誘拐報道のように警察がマスコミに情報提供し、報じる時期などは両者が協議する仕組みが有効ではないか。「警察は遺族の見方」として、マスコミを敵視する風潮があることに危機感を覚える。マスコミには「実名が発表されても迷惑がかからない」と、社会に信頼してもらえるような取材が求められる。

共同電(産経2社面、東京2社面、神戸3社面)=見出しは産経から
服部孝章・立教大学名誉教授(メディア法)

 立教大の服部孝章名誉教授(メディア法)は「被害者の実名は、容疑者の実名とともに事件の全体像を記録し、原因を究明するために社会が共有すべき重要な情報だ」と指摘する。(中略)「なぜ前途洋々とした若者らが犠牲になったのか。その人の個人の人生を振り返ることで理不尽さも見えてくる」と話す。(中略)「警察の恣意的な判断がまかり通ると、誤認逮捕などのチェックもできなくなる」と懸念する。

毎日2面

 服部孝章立教大名誉教授(メディア法)は、被害者の実名公表について、「亡くなった方がどう生きてきたのか、事件にどんな背景があったのかを社会全体が共有し、教訓を得る手だてになる。匿名発表を許容することは、事件の全体像について社会が将来的に知るすべを放棄することにつながる」と指摘する。

読売2社面
林良平・元「全国犯罪被害者の会」(今年6月解散)代表幹事

 昨年6月に解散した「全国犯罪被害者の会」(あすの会)の元代表幹事、林良平さん(65)=大阪市=は、被害者の希望を一番に考えて公表するべきだと訴える。「取材に応じてもいいという人もいれば、今は静かにさせてほしいという人もいる。被害者が『公表してもいい』と判断できる時まで待ってもいいのではないか」と強調した。

毎日2面
諸沢英道・常盤大学元学長(被害者学)

 諸沢英道・常盤大元学長(被害者学)によると、欧米では被害者支援機関や弁護士による「スポークスマン」と呼ばれる支援制度があり、被害者の事件を守ると同時に、メディアとのパイプ役も果たす。スポークスマンは、実名公表の可否や取材時期などについてメディアと交渉に当たる。

 京アニ事件ではこうした役割を京都府警が担ったが、諸沢氏は「情報を独占し、権力を行使する立場の警察がパイプ役になるのは、そもそもおかしい。メディアが警察権力をチェックできなくなる」と指摘する。

毎日2面
安田貴彦・京都大学特任教授(元警察大学校校長)

 元警察大学校長で京都大特任教授の安田貴彦氏は警察の犯罪被害者対策について、「1996年に警察庁が被害者対策要綱を策定して以降、支援態勢を拡充している。報道発表にあたっては被害者や遺族の気持ちをできる限り尊重し、意向に添えない場合は発表の公益性についての説明責任を果たす必要がある。今後、自治体や民間団体とも連携した中長期的な支援が必要だ」と指摘した。

読売2社面
柳田邦男さん(ノンフィクション作家)

遺族に寄り添って

 日航ジャンボ機墜落事故の犠牲者遺族などの取材を続けるノンフィクション作家柳田邦男さんの話 悲惨な事件で突然命を理不尽に奪われた犠牲者の遺族が立ち直るには、周囲にいる一人一人が相手の痛みを肌で感じるように寄り添うことが重要だ。人はつながりを再確認することで生きる力を取り戻していく。行政や報道機関はどうしても「殺害された人数が戦後最悪の悲惨な事件」などと数字を入れ、客観的な三人称の立場で考えてしまいがちだ。それは確かに重要だが「自分の愛する家族の命が奪われたら」と相手の立場で考えることでしか、遺族の心を和らげることはできない。

共同電(東京2社面、神戸3社面)=見出しは神戸から
山田健太・専修大学教授(言論法)

実名発表にルール

 山田健太専修大教授(言論法)の話 社会の見る目が、実名報道は人権侵害的だと批判的になっている。被害者や関係者のプライバシーや被害直後の環境を考慮し、取材や実名報道のタイミングはこれまで以上に十分な配慮が必要だ。一方で今回、警察が取材や報道に対し細かな条件を付けたり、情報開示のタイミングを一方的に決めたりしたことは大きな課題を残す。公的機関は職務上知り得た情報を原則、速やかに開示すべきだ。犠牲者を実名で発表するルールを社会で維持する必要がある。警察が調整を直接担い、公表を止めるような行為は、社会全体で共有すべき情報を覆い隠すことになり好ましくない。

共同(産経2社面、京都3面、神戸3社面)

報道意義、丁寧に説明を

 山田健太・専修大教授(言論法)の話 報道の意義は公共性・公益性の観点から、事実を明らかにすることにある。被害者の匿名化が広がれば、市民が社会に無関心になり「個」が大切にされない社会になってしまう。

 ただ、情報が独り歩きするネット社会では、実名報道が人権侵害として批判される傾向が強まっている。報道機関は被害者らのプライバシーや遺族の置かれた状況にこれまで以上に配慮し、報道の必要性や意義を丁寧に説明していく姿勢が欠かせない。

日経2社面

 さらに識者談話のほかに、毎日2面は、アメリカでは事件事故の被害者名が「公的記録」と認識され、今月相次いだ銃撃事件でも警察が犠牲者の身元を公表した例などを報じています。日経2社面は、アメリカ、イギリスが公益性重視で実名主義なのに対し、ドイツはプライバシー重視で原則非公表とするなど国々で対応が分かれていると伝えています。

おことわりなどで見解説明

 読売を除く各紙は実名報道に関する考え方について、おことわりなどで示しています。

 特に毎日新聞は原則実名としながらも事件によっては匿名にした例もあることを説明し、今回の事件の取材に関して「府警記者クラブは遺族との取材窓口となる代表社を決めるなど、メディアスクラムを防ぐ具体策を策定」する配慮をとっているとした署名記事を掲載しました。

 また産経新聞は2社面右側に大きくスペースをとって、社会部長名の文章を載せました。事件で何が起きたのか検証するために、報道機関だけでなくあらゆる個人・団体が出来事の真実性を検証できるようにすることが「自由な社会の維持に不可欠」とし、さらに匿名のままでは、遺族同士がつながったりや支援機関の動いたりすることを妨げるとし、実名報道には公共性や公益性があると訴えました。

朝日(1面本記末尾)

 朝日新聞は事件報道に際して実名で報じることを原則としています。

 犠牲者の方々のプライバシーに配慮しながらも、お一人お一人の尊い命が奪われた重い現実を共有するためには、実名による報道が必要だと考えています。

毎日(1面本記末尾)

 毎日新聞は、事件や事故の犠牲者について実名での報道を原則としています。亡くなった方々の氏名を含め正確な事実を報じることが、事件の全貌を社会が共有するための出発点として必要だと考えます。遺族の皆様への取材に関しては、そのご意向に十分配慮し、節度を守ります。

毎日(2面)

実名原則、その都度議論 本紙

 重要な出来事を正確な事実に基づき広く伝えることが報道の使命であり、当事者の氏名は事実の根幹であることから、毎日新聞は事件や事故の被害者についても実名での報道を原則としている。一方、経緯や社会の変化を踏まえて議論し、匿名で報道した例もある。

 2017年に神奈川県座間市で9人の遺体が見つかった事件は、自殺願望をほのめかしていた女性らが容疑者の男に殺害されたとされる。遺族側から実名報道しないよう要請があったが、警視庁が身元を発表した際の第一報で毎日新聞は実名で犠牲者の人となりや遺族の悲嘆を伝え、続報は匿名にした。16年に相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害された事件では、神奈川県警が身元を発表しなかった。毎日新聞は取材で氏名を把握した犠牲者も、障害者差別に苦しんできた遺族とのやり取りを踏まえ、匿名報道を続けている。

 捜査機関による実名発表はただちに実名報道を意味しないとする共同声明を、日本新聞協会と日本民間放送連盟は05年に発表した。「被害者への配慮を優先に実名報道か匿名報道かを自律的に判断し、その結果生じる責任は正面から引き受ける」と表明している。

 実名報道を巡る課題は、メディアスクラム(集団的過熱取材)など取材手法と関わる。今回、地元の報道機関12社でつくる責任者会は、実名発表を京都府警に申し入れ、同時に節度ある取材のあり方を考えながら報道にあたっていることを伝えた。府警記者クラブは遺族との取材窓口となる代表社を決めるなど、メディアスクラムを防ぐ具体策を策定している。毎日新聞も、取材にあたって遺族や関係者に十分配慮するよう独自の指針を定めた。【麻生幸次郎】

産経(2社面右)

卑劣な犯罪、生まない社会に──社会部長 徳永潔

 京都アニメーション放火殺人事件で、京都府警が27日、犠牲者25人を実名で公表しました。府警によると、多くの遺族が実名での報道を拒否しているとしています。産経新聞は不条理な形で肉親を奪われた遺族の悲嘆を深く受け止めます。一方で性別と年齢だけでは失った存在の大きさを伝えられません。優れた作品を世に送り出した一人一人が刻んだ人生を実名によって伝えることこそが、悲しみを社会で共有し、卑劣な犯罪を検証して、再発防止につながる道になると考えます。

 今回の事件では、作品を通じて国内外に数多くのファンがいるアニメ会社が狙われました。事件に巻き込まれた著名な監督や多くのアニメーターらの安否情報がインターネットで錯綜し、無事かどうか心配する声が広がっていました。

 府警はこうした状況を踏まえ、「身元を秘匿すると誤った事実が流れる恐れがある」として今月2日、犠牲者10人の実名を公表し、残る25人についても27日、「事件の重大性を考慮した」として実名を明らかにしました。ただし、このうち20人の遺族は「実名報道を拒否している」としています。

 遺族が取材や報道に接するたびに苦しむ現実は重く受け止めます。一方で匿名のままでは、事件の重大性を具体的に伝えることができません。人々に深い感動を与えた作品を創作してきた方々が残した確かな存在の実感も伝えられません。

 誰が犠牲になってしまったのか事実を伝えていくことで、理不尽な事件への怒りや、犠牲者を悼む気持ちが広く社会に共有され、事件の再発防止につなげることができると考えます。事実がなければ、同様の事件を封じ込める手がかりを失うことになりかねません。

 もし、府警が匿名で発表し、遺族や被害者の情報の囲い込みをしていたら、遺族や負傷者に話を聞く機会が制限され、実際に何が起きていたのか、検証が難しくなっていたとみられます。

 報道機関だけでなく、あらゆる個人・団体が、さまざまな出来事の真実性を検証できる状況を担保することは、自由な社会の維持に不可欠です。事実が捜査機関に囲い込まれ、情報が操作されることになれば民主的な社会が揺らぎかねません。

 もう一つ重要なことは、匿名のままでは、遺族らが同じ境遇の被害者を探し出す手がかりを失い、苦しみを共有できなくなる恐れがあるうえ、自治体や医療機関、専門家らが支援を差し伸べられない可能性すらあることです。

 産経新聞はこれまでも原則実名報道をしてきましたが、公共性や公益性などを総合的に勘案し、熟慮したうえで今回も実名で報じます。

 遺族を含めた事件のあらゆる被害者の方々の心情に寄り添い、取材で傷つけることがないように、十分に配慮しながら、このような凶悪な犯罪を生まない社会を作るための報道をしていきます。

日経(2社面サイド末尾)

 お断り 京都府警は27日に発表した京都アニメーション放火殺人事件の犠牲者について、遺族の多くが匿名での報道を希望していると説明しました。日本経済新聞は殺人など重大事件の報道で、尊い命が失われた重い現実を社会全体で共有し、検証や再発防止につなげるために犠牲者を原則実名としています。今回も事件の重大性を考慮し、実名で報じる必要があると判断しました。遺族や被害者への取材は心情やプライバシーに最大限配慮し、節度を持って進めています。

京都(1面本記隣接)

 京都新聞社は犠牲者全員の身元を実名で報じます。関係者の安否を明確に伝え、事件を社会全体で共有するには、氏名を含む正確な情報が欠かせません。尊い命を奪われた一人一人の存在と作品を記録することが、今回のような暴力に立ち向かう力になると考えています。これまでの取材手法による遺族の痛みを真摯に受け止めながら、報道に努めます。 京都新聞社

中日(1面本記隣接)、東京(同)

 中日新聞は事件・事故報道に際し、その事実を的確に伝え、社会全体の教訓とするため、原則実名で報じています。京都府警は二十五人の実名を公表するに当たり、うち二十人の遺族が匿名を希望していると説明しましたが、事件の重大性を考慮し、今回も実名で伝えます。多くの人に愛される作品をつくってきた犠牲者の方々の生前の姿を伝えるには、実名での報道が欠かせないとの判断です。ただプライバシーや遺族の意向には最大限配慮しながら、今後も節度ある取材、記事化に努めます。

※東京は冒頭の「中日新聞」を「東京新聞」に差し替え。

共同電(神戸3社面サイド隣接、大阪日日2社面サイド末尾)

 ◆実名報道に関する見解 京都アニメーションの放火殺人事件で、京都府警はなくなった25人の身元を実名で公表し、うち20人の遺族が匿名での報道を希望していると明らかにしました。事件・事故の被害者については、その現実を的確に伝え社会全体の教訓とするため、原則実名で報じており、既に公表済みの10人と同様に実名で報じます。事件を風化させないためにも、多くのファンを持つ作品に関与した一人一人を実名で報じる必要があると判断しました。社会的影響が大きい重大事件であることも考慮しました。悲劇を繰り返さないためには、背景を含めた事件の解明は不可欠と考えます。長期間の取材を進める必要があり、引き続き節度ある取材、記事化に努めます。

 ※神戸は最後の1文を省略。

追記(2019年9月1日午後5時15分)

 共産党機関紙のしんぶん赤旗も28日付の「社会・総合」面(2社面)でこのニュースの時事電を掲載し、おことわりを添えました。公表された25人の犠牲者は、実名と年齢、市町までの住所が紹介されました(他紙と異なり京都市の区は明記されず)。おことわりは以下の文面です。

おことわり

 事件報道に際して時事通信社は、原則実名で報じています。今回も事件の重大性を記録するため、被害者の安否を伝える必要があると判断しました。被害者のプライバシーや遺族感情に最大限配慮しながら、今後も節度ある取材、報道に努めます。

 おことわりはふつう自社の立場を明らかにするものですが、時事通信社名義の文面をそのまま掲載するのは不思議な感じがします。

 なおしんぶん赤旗の紙面は大阪市立中央図書館で確認しました。